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2020年12月03日05:00

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千葉気動車区 2

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何かと写している125列車だが、調べ直してみると、両国17時19分発で内房線回り館山行き(着20時56分)だ。両国を出ると千葉まで停まらない。千葉着が18時10分。その後に両国17時39分発の221列車があって、これは外房線勝浦行き(着21時12分)で千葉着は18時33分だから、夏場ならこれも撮影出来たはず。125レと記したが、221レが混じっているかも。何度か両国から千葉まで蒸気列車に乗ったが、わざわざ両国まで行って汽車で戻って来ると言うのは中学生の子供には結構な負担で頻繁には出来なかった。が、電車とは全く違うタブの雰囲気を味わう事が出来た。列車自体は結構空いていたと思う。オレンジ色の電灯がぼーっと灯っていて、木とビロード張りの座席も別世界に旅している雰囲気だった。勿論先頭のデッキに立つ事も出来たけれど、ドアを開けると煙がモクモクと入って来るので車掌や他の乗客に怒られた。

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当然上り列車もあったんだが、列車番号や自国は忘れてしまった。多分朝早くだったと思う。

線路脇で待っていれば幾らでも蒸気列車が通過して行った。そのたびに石炭の匂いを嗅いで嬉しがっていた。たまには見慣れない車両も通過した。これはC57164がEF58とクモヤ93を牽いて通過したところ。子供心に結構興奮した覚えが、、木更津電化に伴う試験運転だったのかどうか、、
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中坊としては行動力が余りなかったかもしれない。汽車を観に遠くまで遠征するという事はほとんどなかった。電車賃が無かったというのもあるが、、
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これは物井・佐倉間。汽車の写真の定番スポット。

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これは蘇我。ここは製鉄所などもあり貨物列車がメイン。中学時代に遠征したというのは大宮と八高線、小山くらい。卒業した時点で九州まで5日間の鉄旅が許されたのがハイライトだった。

総武線の客車列車はほとんどC57牽引だったが、C58が牽く場合もあった。客車は7両から9両くらいまでだったと思う。
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まだまだ続きます、、


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