mixiユーザー(id:12290372)

2020年09月05日06:38

74 view

ニノミヤさんの巻頭言

1993年の夏のノートからー
………………………
資料をもっと必要としている。
「不死鳥伝説」が見つからない!
日誌に写しておいた二宮さんの巻頭言。以下、書いておく。

 会社からお茶の水の三省堂までいくのにかなり道幅の広い四つ辻の交叉点を三度渡る。何度目かに、いつあの交叉点を通って自分がいまこうして本屋の前にいるのか何も記憶してないことに気づく。自動車にはねとばされもせず本屋の前に立っているのをみると、ちゃんと信号が青のときに交叉点を渡ったらしい。目ざめて後想い出せるほどの夢をみていたわけでなし、さりとて現実の光景の何の残像も目の中に残していない。
 で、ともかく、目的の雑誌を買ってまた会社までもどろう。

 紫陽花が雨の中で開きはじめる六月。播州の市川の川原には渡り鳥が北へ帰っていったあとの淋しい影が残り、白い鳥がまるで川面をすべるように飛んでいます。雀がちゅんちゅんなきながら群れをなして、お寺の黒い屋根へ風に流れて消えます。きのうまで金色に光っていた麦の穂がきょう刈りとられて脱穀機ののどかな音が聞こえる。このあいだまで渡り鳥が、おひえりこほーおひえりこほーとさわがしく鳴いていたというのに、今ではもう白鷺と雀のものさびしい遊戯だけしか残っていない。ほら、むこうの土手から少女が犬をつれて走ってくるではないか。

 突然、少女の髪をかすめて白い鳥が空へ昇る。髪を逆立て、顔をおおった少女が遠くかすんだやまなみと重なると「少女の居る風景」一枚の印画はひらひらと風に吹かれてとんでいってしまう。そのむこうに、何をみることができるだろう。

殺意を持つ。何に対してかはわからない。急にふと刃物を持ちたいと思う。
そんな時はきっと、自分の額のあたりに湿った空気の匂いがある。
それは、もう一つの殺意ーー導火線にマッチの焔を近づけることとはあきらかにちがっている。闇の中での爆発。爆風にふきとばされた、やけに静かな死の中でちぎれた自分が暗い宇宙に漂っているいることにいつしか気づいてしまうことのないよう、鋭利な刃物をとぎすまさなければならない。
だとしても、死ぬということが、生きることの終わりになるのではないと、それがいつも心にあって、自らの亡霊が恐ろしく、きょうも下宿の焼けた畳の上で旅を始める。

北の海、あなたはいつも走っていた。流氷が流れ、ちょうど地球が生まれたその時のように海が燃え、白い煙が昇り、白鳥が北へ渡ると、それは極北の春のはじまり。
貝ガラを踏み走っていくあなたの後姿の遠ざかりは、何に変身していいかわからずにとりのこされたうみどりのオーロラの淡い光だけをにじませる、どこかものがなしいうずくまりなのだ。

 あのときはよく走った。
 あのときはよく叫んだ。
 最後のあの秋の空はあまりにも美しかった。
 酒を飲むと想い出すんだ、
 想い出してみんなで泣くんだ、
 帰ることのできない
 ぼくたちの去年の海を想って。

走ってきた軌道をふりかえったとて何になろう。
あのような目ざめに 立ちあがった素足のざらざらとした感触の中にさえ たとえそれがうずくまったあなたであっても いつもあなたはあたしと居るのだということから きょうというきょうの 新しい斗いは始まる。
うでをすりぬけ のどをすりぬけていくものが いつか のどの奥でふくらみはじめる時が来たとしても 凝結させた私だけの世界の 手のひらに乗るほどの重みに あなたの重みを丸く乗せて もの のむこうへ また旅立っていこう。
小さなナイフをひとつ リュックのポケットに そっとしのばせて

そして、
 
 こんどこそ あたしの 手で あなたを殺す。
 そのときは あたしも 死ぬ
 そんなこと あたりまえのことじゃないか。



0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する