mixiユーザー(id:6486105)

2020年06月12日17:59

276 view

4カ月ぶりの図書館

 6月9日から鎌倉図書館が「サービス限定」での開館となった。HPトップに載っているお知らせによると、
<読書、調べ物等、滞在はできません。30分以内を目途に、ご利用ください。>
 とのこと。
 待ちに待った再開だった。
 先々週の終わり頃から東京では「夜の町」が営業再開とのことで、世論の過半が眉をひそめているようだが、図書館再開と基本的には同じだと思う。不要不急の場ではない、という点では共通している。夜の町は接客が伴うから感染リスクが高いというが、図書館も利用者数が多いと同様、クラスター源になりかねない。
 本日午後イチ、自宅のパソコンでAmazonの欲しいものリストに入れている本や好きな著者の本をあらかじめざっくりと検索をした上で、満を持して訪ねる。
 入口近くにアルコール消毒液が用意されていた。マスク着用はマスト。
 新刊雑誌はなく、閲覧できる長テーブルも取り払われていた。新刊の文芸誌を一冊一冊手に取って、面白そうな短編一篇を椅子に座って読む、というのは学生時代から続く習性ゆえにちょっと残念だ。
 1階の文芸書棚で、手帳にメモっておいた池内紀さんの『東海道ふたり旅』など5〜6冊をためつすがめつ手に取って見た。
 借りたのは乙川優三郎さんの『この地上において私たちを満足させるもの』、李龍徳の『報われない人間は永遠に報われない』という2冊の長編と、池内紀さんの温泉旅行記『湯けむり行脚』。『東海道ふたり旅』の隣に『湯けむり行脚」があって400頁の大著、2019年1月刊。乙川さんの長編は再読となる。私は彼の文章も人物造詣も好き、というかそれ以上のプラス感情があって、日本語の勉強になるとも思っている。図書館で借りて読む本というのは、所有できない分、クソ真面目に読まないといけない。
 ロビーの隅っこにかなりの数の「リサイクル本」が並んでいた。休館中、不用本の整理でもしたのだろう。
 1冊、目に付いた本があった。
『明治舶来づくし』という本で、「明治」に「もりおか」というルビがふってある。意味がわからない。著者は橘不染。奥付を見ると、昭和51年で出版社名の記載がなく、杜陵印刷内トリョーコム発行とあるので、ひょっとしたら自費出版物かもしれない。カバーの表1折り返しに東北大の名誉教授が推薦文を寄せていて、
<明治・大正期を通じて、これほど時代の風格の変わり目と思われるものを適切に書き残した人を他に知らない。私はこれをみて、これは柳田国男の『遠野物語』にも似て、しかもさらに異なった風格をもつものとして、橘不染の『盛岡物語』とでも言うべきものではないかと思った>
 と賛辞を送っている。造本も装幀も美しい。さらに通常のリサイクル本では背表紙と裏表紙に鎌倉図書館印とラベルが貼っているのだが、この本には一切ない。ということは、この何カ月かの間に図書券へ寄贈された個人蔵書の可能性が高く、かつ一度も棚に並べられず廃棄される運命となった本、ということだろう。本文を見てみると、明治時代の妖怪話や種痘などの医事的習慣、便所事情に金物屋で売っている商品などなど、アト・ランダムな内容で、確かに名誉教授が述べたように、盛岡今昔物語だ。こういうユニークな本ならいただいておこう。
 
 細い通りを歩いていると、60年配の作務衣を着た髪がぼさぼさの男が古屋の前に立っていて、私と目が合った。右手にタバコを持っていて、煙が風にたなびいている。不意に煙が私の顔に向かって流れて来た。
「おっと失礼」と言われたので、「いえいえ、どういたしまして」と答えると、男は左手で私を招くような仕草をとった。
「図書館の帰りですか?」
 そうです。久しぶりに行きました。
「あなた、湯飲みが欲しくないですか」
 男はいきなりそう言い放ち、私に答える隙を与えず「よかったらうちに入りませんか」と言って、玄関の引き戸を開いた。
 困ったな、湯飲みを買う気は今のところない。
 しかし断るのも申し訳ないので、彼のあとに従って私も玄関に入った。
 靴箱の上に陶器の一輪挿しや湯飲みや小皿が並んでいた。
「使っていいものがあれば、お好きなものをひとつ、持っていかないか」
 と男は言った。
「これらは全部、処分しようと思っていてね。今月中に叩き割って、地中に埋めるつもりなのだけど、もしもらってくれる人がいたならありがたいなと、ね。人助けだと思って持っていってくれ、キミとこうして話をしたのもなんかの縁だ」
 男は真っ直ぐな視線で私の目を見た。
 私は即座に答えず、黙って小皿や湯飲みを眺め、そのうちのひとつを手に取った。
「キミが手に取った湯飲みは、私が初めて焼いた駄作だ。昭和51年かな」
 えっ、昭和51年の古本をいま私は手にしているのだ……。
 これも何かの縁だ、もらっておこうと私は思った。
「その湯飲みは、『月明かり』と私は名付けている。月に向いて湯飲みを掲げると、白い釉薬が月光を吸収して、淡く光るんだ。月光を湛えているうちに茶をいただくと、月の輝きを身に収めることができると、私は勝手に思っている。信じなくていい、年寄りの戯れ言だ、妄想だ。しかし、試してみる価値もあるぞ」
 男はそう言って、小さく笑った。
 私は右手に本を、左手に湯飲みを持って、古屋を辞した。
 今日からしばらく月夜はなさそうだが、月に向かって乾杯をする仕草で茶を飲む自分の姿を想うと悪くない、と思う。
 


 この話、パソコンの横に置いた湯飲みを見て、いま作りました。まるっきりのウソでありまして、今日の午前中、ブックオフに行った際、100円コーナーにあって、天井の照明でキラッと光っていたので、買った代物です。
 こういうストーリーだと面白そう、と思っただけ。
 騙されちゃいけません、念のため。 
7 9

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年06月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930