mixiユーザー(id:12569023)

2020年03月09日10:23

61 view

人生意気に感ず「遂に群馬で発生。安全神話から脱して災害の歴史に目を向ける時」

◇これまで、私の周りに2種類の声があった。「群馬は災害のない県だからコロナも来ない」、そして「いや必ず来る。既に隠れた所で発生している」。後者が圧倒的に多く、私もほぼこちらを確信していた。7日、遂に不安は的中した。しかも、小学校の休校措置をとっていなかった太田市で発生したのだ。太田市は慌てて小学校を臨時休校にすると決めた。40代の女性保育士で十分に聞き取りをできない程重症と言われる。保育園の関係者はさぞ不安に違いない。
 山本知事は記者会見で言った。「性格な情報に基づく冷静な対応をお願いしたい」。迅速かつ正しい情報が災害時にいかに重要かを私たちは嫌という程思い知らされた。東日本大震災で的確な情報を得られないために多くの人が命を失った。今回のコロナウイルスが世界に蔓延してしまったのは情報を正に発信すべき時にそれをさせなかった政治の仕組みに大きな原因があった。大災害を前にして「正しく恐れる」ことの重大性を痛感する。今後のウイルス展開状況に関わるが、新型コロナウイルスは群馬県民の災害意識に新たな衝撃を与える意味をもつだろう。多くの県民は群馬は大丈夫という安全神話に多かれ少なかれ支配されていた。
◇知事が訴える「情報」に関して、私は今回特別に歴史的な視点を持つべきだと思う。そうでないと新型コロナウイルスの真の深刻さを受け止められないからだ。私はかつて県会議員のとき新型ウイルス問題に繰り返し警鐘を鳴らした。特に大正年間(1918年)に始まったスペインかぜに関して訴えた。それは日本に達し群馬にも及び数年に亘り甚大な被害を本県に与えた。資料によれば本県の死者は4,500人を超えた。今回のコロナウイルスは誠に不気味である。全国の被害はこれから本格化する状況である。全国で猛威を増すことは本県の状況も深刻化するであろうことを意味する。私たちは軽薄な文明の上で生きている。便利さのみを追う文明は人類の自殺現象を意味するかのようだ。新型コロナウイルスの襲来は天の警告かもしれない。
◇対策は個人が自覚して正しく行動することが何より肝要であるが、それを促し、力を合わせるために政治の役割は大きい。知事は各市町村の首長との連携を強化して行動を起こすべきだ。かつて草津の湯を被災地に届けた山本市長の行動力を思い出す。市長三選を果たした龍さんの正に正念場である。行動で示す時。(読者に感謝)

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年03月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031