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日記一覧

◇毎週水曜日の平和の講義は昨日(30日)で77回を迎えた。このところストウ夫人の「アンクルトムの小屋」の物語を切り取りながら解説している。戦争を巻き起こした小説といわれるように奴隷解放を行った南北戦争に大きな影響を与えた。リンカーン大統領は

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◇29日、上海の少年少女14名を群馬県日中友好協会として迎えた。2年程前、日中書道交流で来日したグループの子どもたちで、引率する先生たちは同じ顔ぶれである。前日は伊香保の温泉を経験し、この日前橋市内の小学校で交流し歓迎を受けた。ロイヤルホテ

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◇前橋市職員が起こした女性殺害事件が地域社会と市役所内に衝撃を巻き起こしている。伝わってくる情報は真面目な若者らしいこと。殺害女性は昨年まで高経大にいて英語を真剣に学んでいたというし、加害者の鳥山祐容疑者も勤務態度はよかったという。今の若い

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◇昨日、草津の「栗生楽泉園」に向かった。晴天であるが外気は氷点下で車の正面に迫る山は吹雪に半ば包まれている。「人権の碑」建立に関する記者会見は午後1時半に始まる。私は、建設委員会の委員長である。始まる前に楽泉園自治会会長の藤田三四郎さんを訪

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◇今月の「ふるさと未来塾」のテーマは「米中対立の行方と日本の役割」。世界の大波が怒涛となって日本に寄せている。その中の二つの渦がアメリカと中国である。二つの超大国は鮮やかな特色をもって対峙する。民主主義対全体主義、追う立場と追われる立場等。

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◇今月の「ふるさと未来塾」のテーマは「米中対立の行方と日本の役割」。世界の大波が怒涛となって日本に寄せている。その中の二つの渦がアメリカと中国である。二つの超大国は鮮やかな特色をもって対峙する。民主主義対全体主義、追う立場と追われる立場等。

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◇東京医大は巨額の私学助成金を受けられなくなる。入試の不正が原因である。受験生にとっては命がけである。厳正公正であるべき受験に於いて大学が不正な得点操作をしていたというのだからたまったものではない。人生を狂わされたと考える人もいるに違いない

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◇カルロス・ゴーンの形勢が悪化しているようだ。ある著名な評論家が最近、ゴーンに関して「いずれ蜂の一刺し級の証言が出てみっともない醜態をさらして終わるだろう」と注目すべき発言をしていた。蜂の一刺しとは、田中角栄裁判において、田中有利を支える証

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◇平成の最大の災害は阪神大震災と東日本大震災である。阪神大震災は1995年1月17日に起きた。あれから早くも24年が経った。この2つの大震災はこれから本格化する巨大災害の序曲と考えねばならない。確実に近づく首都直下及び南海トラフの大震災。火

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◇稀勢の里の赤ん坊のような顔に光る涙を見た。そして言葉を詰まらせながら語った。「練習ではこれ以上できないというところまでやった」。その後の笑顔は無邪気な幼児のように可愛かった。それは重圧の苦しみから解放された表情であった。 私は初日から3日

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◇北方4島が本当に還ってくるのだろうか。情況が大きく動き始めたのは事実だが、その成果に関してはにわかに信じ難い。歯舞、色丹、国後、択捉の4島なのか歯舞、色丹の2島なのか。日ソ共同宣言で引き渡すことを明記しているのは歯舞、色丹の2島である。◇

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◇毎日ゴーンのことが新聞で報じられないことはない。ゴーンとはそうとう強かな男という印象を受ける。世紀の怪物が東京地検という法網にかかった。これから起訴され、長い本格的な闘いが続く。ゴーンを擁護するかのような外国メディアの報道、同情を誘うよう

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◇新しい元号の時代には何が待ち構えているのか。新年のスタートにあたり誰もが思うことである。世界の潮流は激しく動き、一時も休むことはない。私は日々、多くの外国人留学生に接するが彼らの動きは世界の変化を窺わせる。日本は彼らと共にある。日本はどこ

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◇週明けと共に新年の活動が本格化する。ざっと挙げると、7日弔辞、8日講演、9日講演といった具合。7日の弔辞は今年初めてのもの。先日のブログで書いた私の人生の原点に関わるもの。天国の94歳の女性に語りかける。私は時々弔辞をやる。中には予約済み

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◇私の人生の原点を知る唯一の人に2日に会った。予感に引かれるようにしてその人の家を訪ね、私は彼女が深刻な状態にあることを知った。間もなく94歳になるこの人は血を吐いて高崎の病院に運び込まれていた。顔が一回りも小さくなって別人に見える老婆は、

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◇思い切って、ある人を訪ねた。私の運命に関わる人と言っても過言ではない。急がねばというある種の予感があった。昭和15年生まれの私の人生の方向を決定付けた出来事は昭和20年に一家が赤城山の奥地に開墾に入ったことである。私は満5歳だった。それま

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