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2020年01月16日23:09

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菊之助のナウシカ、七之助のクシャナ

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「火の七日間」と呼ばれる最終戦争で人類と大地がほぼ滅んでから千年後。
地表は毒素を吐き出す菌類に呑み込まれて腐海と化し、そこで生きていけるのは巨大化した蟲のみで、人々はわずかに残った土地に分かれ、腐海の毒におびえながら細々と生活を営んでいる。
人類はそれでも争いをやめず、トルメキア国はかつて地球を滅亡に追い込んだ人工生命「巨神兵」を復活させようと目論む。
小国「風の谷」の族長の娘ナウシカは、独り腐海生成の謎を解こうとしているが、ある日トルメキアの皇女クシャナの軍に強引に進駐され、盟約をたてに大国ドルクとの戦争に従軍を強いられる。
炎が腐海を焼き、猛毒が吹き上がり、怒った蟲の大群が国土を襲う中、ナウシカは旧世界で仕組まれていたこの世の謎に気がつき、自分を母と慕う巨神兵を伴って、神聖な墓所へ向かう・・・。

ご存じの方もおられようが、1985年のアニメ『風の谷のナウシカ』は、宮崎駿が原作漫画を描いている最中に作られ、十年後に完結することになる原作全7巻の中の、最初の2巻部分を強引に区切りをつけて作品化されたものだ。
有名な城ババの台詞「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし・・」は、別の人物が、全体の半分くらいのところで口にしたと記憶している。
私は学生時代に刊行された部分までは読んでいたが、最後の2巻分は未だ読んでいないので、敢えて結末を知らないまま、情報を入れずに上演を楽しみに待っていたのだが、、、

「新橋演舞場12月『風の谷のナウシカ』に出演を予定しておりました尾上菊之助が昼の部におきまして負傷したため、本日12月8日(日)夜の部の舞台を休演し、本日夜の部公演が中止となります。皆様には大変なご迷惑を・・・(以下略)」

なんだと〜!
報道によると、菊之助扮するナウシカが、上演3日目、二本脚のダチョウに似た「トリウマ」に乗って花道を進んでいた際に、トリウマ役が躓いて二人とも転倒、トリウマ役に怪我はなかったものの、菊之助は左肘を亀裂骨折したというではないか。
新作ゆえに、急遽の代役など立てようがない。
菊之助の運命やいかに・・・!と思ったが、骨折したというのに、事故翌日の昼公演から、ギプスをつけたまま、一部演出を変えて上演を続行するという。
菊之助の、歌舞伎役者として、座長としてのプライドと責任感だ。
その心意気やよし!とは思うものの、彼が背負った責任の重さを改めて想像してみないわけにはゆかない。


むかえたクリスマス。
我々は、期待半分と不安半分で新橋演舞場に向かった。
ここは、一昨年の我が読書会のテーマだった、三島由紀夫の秘められた初体験を綴った『ヒタメン』の著者、岩下尚史が長年勤めた職場でもある。
あの本に書かれていた花柳界のしきたりや人間関係を思い出しつつ、ロビーでご優待特典のお弁当を受け取って、一等席に身を落ち着かせた。
真ん中よりやや後ろ、花道の外側の席だ。
菊之助はここで転んだのか、恐ろしいなと思って花道を眺めていると、他のお客さんたちも同じような話をしていた。

本編が始まる前に、裃姿の役者が登場して、観客にナウシカの物語の背景をざっと説明する。
いよいよ幕が上がると、そこは腐海の底。
ムカデのような蟲が、龍踊りの要領で3-4名の役者に操られながら飛び交う中、菊之助扮するナウシカがこの世の不思議を語る。
この最初の場面は悪くなかった。
やがてナウシカの師である剣士ユパ(尾上松也)が帰還したところに、いよいよ中村七之助扮する皇女クシャナが登場、ナウシカが戦役に駆り出されて物語が大きく動き始めるのだが――。

アニメ版で使われた音楽を、ここではすべて和楽器でアレンジして演奏する。
あの印象的な「ラン、ランララ ランランラン♪」も、本当に三味線で奏でるのですよ。
いよ〜っ、と合いの手が入らなかったのは残念だ、という冗談はさておき、音楽に関しては、基本的にはアニメ版を踏襲していたようだ。

風の谷、腐海、ガンシップやメーヴェの飛ぶ大空といったナウシカ特有の舞台を、大海原も戦場も何もかもを、布の動きや柝の音や回り舞台で表現してしまう歌舞伎でどのように描くのか、それを大いに楽しみにしていたのだが、冒頭の腐海の場面以外では、さしたる演出にはなっていなかったのが残念だ。
たとえば、風の谷の人々が、てんでに風ぐるまを手に飛び出して歌い踊る場面など、かれらが移動している間はそれが回って風を表現できるのだが、人が止まると、当たり前だが風ぐるまも止まってしまう。
そうなると、一日中風の吹き抜ける「風の谷」ではなくなってしまうのだ。
手に持った風ぐるまを電池式にするとか、舞台上に常にゆっくりと回転する大きな風車を据えておくとかしたら、もう少し風が表現ができただろうに。
また、戦闘機ガンシップも、菊之助の怪我の回復に合わせて再開した宙乗りによるメーヴェ(一人乗りの軽量飛行具)の飛行シーンも、我々がアニメで目にしたような浮遊感からはほど遠い。
考えてみると、そもそも江戸期の人は、泳いだり船に乗ったりはしていても、空を飛ぶなんざやったことがないのだから、歌舞伎が風や空の場面は苦手としているのも致し方ないのかもしれない。

歌舞伎でナウシカをやると聞いた時には、巨神兵や王蟲(オーム:物語の中心にいるモスラのような巨大な虫)をどう扱うのかが真っ先に気になったのだが、巨神兵は肩から上だけ、王蟲も半立体ではあるけれど目の色が変化する程度で、王蟲の群れが大地を覆いつくして暴走するようすは画の投影された紗幕を揺らすくらいで、度肝を抜く演出とはいかなかった。
この二つは、歌舞伎の技術とアイデアでもう少しやりようがあったのではないかと思うが、どうだろうか。

しかし、こうした具体的な演出手法の不満というより、やはりナウシカの世界を表現するにあたって、そもそも全体的にあまりこなれていないことに問題があったのかもしれない。
2018年に新作歌舞伎NARUTOを手がけたG2という演出家が起用されているが、受注しました、こんな感じでいかがですかといった、熱の感じられない演出であった。
作品はあくまでスタジオジブリのもの、G2という演出家は、予算と時間の範囲内でそれを形にしました、といったような。

歌舞伎役者たちの芝居はどうか。
目立って良かったのは、ユパ役の松也と、トルメキアのヴ王の中村歌六、そしてクシャナの部下でスパイ上がりの不敵な男クロトワの片岡亀蔵というあたり。
期待の七之助クシャナは、骨肉の争いの中で、何もかも知った上で敢えて自ら血塗られた道を歩む皇女を過不足なく演じてはいたかもしれないが、重要な役どころを担った数名のうちの一人、の域を出ていなかったように思う。
『マハーバーラタ』で見られたような、他を圧する輝きを感じ取った観客が、さてどのくらいいたか。

しかし、つまるところやはり主人公なのだ。
「父上さま、わたくしは、争いとうはないのです・・」といった女形の芝居が、ナウシカにふさわしかったかどうか。
剣を帯びた男たちの芝居が冴える中で、菊之助が日本舞踊を舞っても宙乗りを見せても、見惚れるということがない。
初めてチラシの写真を見た時の、髪型、化粧、立ち姿、どこをとったにしても、何ともいえぬ違和感が、結局最後まで消えることはなかった。
フォト
音楽といい、舞台装置といい、演出といい、演技といい、あの圧倒的な「ナウシカ」の世界には、残念ながら及ばなかったと思う。
年明けに、菊之助に密着したドキュメンタリ番組を見たけれど、舞台化には時間と、おそらくは予算が充分でなかったのかなと感じ取れた。
作品のテーマの大きさに対して、登場人物個人の陰影を掘り下げるまで練りきれなかったのだろう。
私はどうしても二年前の『マハーバーラタ戦記』と比較してしまうのだが、演出に宮城聡、音楽に棚川寛子など歌舞伎の外の人材を大胆に取り入れた結果、歌舞伎の途轍もない可能性を見せつけてくれた舞台を見てしまった後では、この舞台は歌舞伎の限界が先に目についてしまう結果となったように思う。

菊之助に、再びチャンスはくるだろうか。
役者としての尾上菊之助を、私は昔からどうもお気に召さないのだが(なんとなく顔が好きでなくてね)、こうして果敢に新作に挑戦し続けなくては、歌舞伎が歌舞伎でなくなってしまうのだ。
面白そうだと思ったら観に行くから、文字通り七転び八起きして、また新作にチャレンジしてほしい。
そして、いつかまた、舞台で七之助に圧倒されてみたいものだ。



※ご興味を持たれた方、発売中の月刊誌『演劇界』2月号の表紙が、ナウシカです。
書店や図書館で見かけたら、めくってみてください。

※また、2/14から一週間限定で、全国の映画館で前後半に分けて上映するそうです。
https://l-tike.com/cinema/mevent/?mid=493698
チケット発売中。

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