ラズリと散歩していると、ご近所で付き合いが多少あるお宅の前に、「無料で差し上げます」ボックスがあった。ちょうどそこの家のかたと目が合ったので、近づいて挨拶をしながら段ボールボックスの中を見ると、皿や湯飲み、お椀などが乱雑に入っていた。
不用品をいろいろと処分したくて、と奥様は言う。
私こそ、物を減らしたくて仕方ない。死期が近づいているからなのか?
お愛想でいちばん上にあったお椀を手に取ってみたら、ずしりと重い。木をろくろで削って掘り出しました、って感じ。
「いつ頃の物ですか?」
と尋ねたら、
「ああ、それ、昔、長谷寺で使っていた器ですよ。信徒さんのもてなし用で、庫裏を整理したときにもらってきたもの。たぶん昭和30年代かな」
へえーあの長谷寺、って驚いてみせたら、奥様は私の手から椀を取りあげ、もう一つ同じ椀がある、と言いながら勝手にスーパーのレジ袋にその2椀を入れて、私に押しつけた。
困ったなぁと思いつつも、ありがとうございますと礼を述べて、その場を離れた。
物を減らしたいのに、増えてしまった。しかし、出所が長谷寺と聞いたら、つい一目置いてしまうのも俺だ。「いらないと思ったら燃やして」とも言われたことだし、しばらくは使ってみよう。
『日本の「アジール」を訪ねて』(筒井功著)を一気読みした。
サンカとハンセン病者の住む小集落
横穴墓に居を構えた一家
大阪の天王寺にあった乞食村
四国のお遍路路とは距離を置くハンセン病者たちの「かったい道」
全編が、昭和初期から昭和の終わり頃までの「非定住漂泊者」の実態を、柳田国男や宮本常一らの民俗学に照らし合わせながら訪ね歩くルポだ。
筒井さんがすごいなぁ、と思うのは、いいお年でありながら車に泊まり込んで全国各地、それも奥まったエリアを、まるで漂流するかのように取材されていることだ。
常人には真似できるものではない。
が、憧れる。
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