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2018年12月19日09:22

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人生意気に感ず「広島市長と会う。マララの招待。富士の偉容。原爆資料館」

◇17日夜、東京駅近くのホテルに一泊し、翌朝6時30分の新幹線のぞみで広島に向かった。この朝も暗い中東京駅周辺を走った。その疲れが出たのかもうろうとしていると富士山という言葉が耳に飛び込んできた。ハッとして横を見ると、右手に荘厳な富士が朝日を受けて迫っている。列車はその前を通過中であった。こんな凄い借景はない。正に天が造った芸術作品である。私は心を打たれしばし呆然として見守った。そして日本人の心と日本の歴史文化を象徴するこの富士の姿をマララさんに是非とも見て欲しいと思った。
 この日の広島市長訪問の目的はマララさんのことである。来年8月にマララさんを招く運動を進めている。カーン・パキスタン駐日大使、福田康夫元総理、山本前橋市長等が熱心に協力してくれている。カーン大使は広島市と前橋市の連携を勧めてくれた。8月6日の広島平和記念式典への参加と合わせれば実現の可能性が高まるというのだ。そこで、過日前橋市長から広島市長に正式の書類が送られた。そこにはマララさんの招待を望む声と意義が込められている。私の訪問はそれを踏まえてのものだ。これまでに事務局との打ち合わせは済ませていた。富士山の偉容は「がんばれ」というメッセージとなって私の心に力を与えてくれた。
 11時、私は市長室に通された。間もなく松井一實市長が現われた。私は、なぜマララさんかを語った。抑えて話そうと言い聞かせていたが、つい熱が入ってしまったらしい。それは、手土産にと上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」を渡し、それを材料に群馬を説明したことにも原因があったと思う。ハンセン病患者の苦しみは、原爆被災者のそれと共通性がある。松井市長も差別と人権を語られた。市長は、マララさんに招待状を出し、出来るだけのことをやりましょうと約束してくれた。固く握り合う手に心を感じ、私は「やったー」と心で叫んだ。松井市長は来年はローマ法王も来日されると語った。今月の「ふるさと未来塾」ではカトリックの大罪を語る。イスラムの世界からマララさんが広島に来ることは、宗教と平和を考える上でも意義あることと思った。
◇広島市役所を出て、原爆資料館を観た。資料館は小学生がいっぱいで生々しい資料は1945年8月の地獄を再現していた。来年マララさんの来日が実現したら彼女はイスラムの目でこの地獄をどう捉えるだろうか。(読者に感謝)

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