決して記憶力の良い方ではない。クラブの飲み会などで皆が思い出話をしているのに、全く覚えてなくて「そんなことあったっけ?」と寂しい思いをしていた。
多分一番古い記憶は、お母さんに後から抱えられて、和式トイレで「し〜こっこ」と言われている場面。幼稚園に入る前、2歳半〜5歳半まで住んでいた所の記憶だと思う。あと、三輪車がこげなくて、夕暮れ時の路上で泣きながら練習している場面。
その頃住んでいたのは、平屋の長屋みたいな家で台所が土間だった。雪の積もると、勝手口の南天でお母さんが雪うさぎを作ってくれた。ふたつの長屋が向かい合って建っていて、あいだは砂利道。
門を出た道の向かいに大きな石段のある家。自分が小さかったから大きく見えたのだろう。右に曲がったら同い年の子の家。横に階段が付いていて、二階から入ることができた。そこでオバQやバカボンのアニメを見せてもらった記憶がある。
お父さんとタバコ屋さんに行った帰り、ザクロの木のあるお寺のブランコで遊んだ。わたしには高すぎて、お父さんに乗せてもらっていた。
商店街の途中に木造のいかめしい建物の、小児科。暗かったが、待ち合いでマンガが読めるのがうれしかった。
そのまま真っ直ぐ行くとスーパー。フルーツサワーをよく買ってもらった。もうちょっといくと、もっと大きなスーパーもあった。
裏の田んぼの脇のオオバコ。白い小さな花。
家でよくカセットに録音して遊んでいた。歌ったり喋ったりしているのを撮っていると親が入ってきて、「いま録音しよんよ」と言っているのも入ってしまっていた。
妹には「チビ、チビ」と言っていじめていた。だいたい命令形でしか話していなかったと思う。だけど、きょうだいげんかをすると、いつもわたしが泣かされていた。泣くと親に怒られていた。
「さしすせそ」がちゃんと言えなくて、「ちゃかなじゃなくてさかな!」「ちゃんと、ちゃかなってゆうとるもん!」というやりとりをしていた。悔しかった。
茶の間の赤いカーテンの柄。何かの棚かタンスの上に、小さい白黒テレビ。鏡台の前に、今も実家にあるスツール。
お出かけする日は、母の香水の匂いと父の整髪料の匂いがする。あまり好きじゃなかった。いまでもラベンダーが嫌い。
広告の裏の匂い、えんぴつの匂い。
外で遊べと言われて、遊んでいる集団のところに連れて行かれたりした。横で、遊んでいる子どもを眺めていた。地面のアリさんが何か運んでいるのをよく眺めていた。時々上から水をかけた。
妹はまだ小さかったので、近所のおばさんから可愛がられていた。この子は愛嬌があるからなあと言われていた。時々お菓子をもらっていた。その時「お姉ちゃんのも!」と手を出すので、しょうがないなと余分にもらっていたらしい。
なつかしい菓子は、フレンチパピロ。ヌガーという飴。ブルボンのお菓子。高瀬舟ようかん。
いつだか、新幹線のホームにいた記憶がある。この頃なのか、もっと前なのか、分からない。
とりあえず、これだけ書いておきます。
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