「口では同志と唱えても、心が一致しなかったら、同志も同志ではない。」(曹操、中国後漢末期の魏の国王)
「平和な時は能臣だが、ひとたび戦乱が起きれば乱世の奸雄となろう。」
曹操(155-220)は小説の『三国志』ではよく敵役として出て来る。若き日、人相鑑定士からこのように言われた。『三国志』で生まれた故事成語は少なくない。その中でこの極東の島で使われているものもかなりある。この「乱世の奸雄」もまた『三国志』に由来している。曹操はその評価に対し
「乱世の奸雄か。それも良い。」
とふてぶてしく答えたとか。
後漢王朝も末期で、帝室に力無く、あろうことか西涼の董卓(とうたく、138-192)が宮廷を牛耳り、皇帝まで勝手に替えてしまうほどになった。この鑑定の後、決起して董卓を討つべく十数カ国の連合軍を結成する事に成功する。曹操の智謀長けたところは、自分が総大将にならずに、河北(今の黄河下流の
北部一帯、今の北京や天津も勿論入る)の袁招(えんしょう、?-202)を総大将にまつりあげ、自分は副将兼参謀となったことだった。
しかしながらこの連合軍、些か結束を欠いた。
緒戦では連合軍が被害を出しながらも優位に董卓の勢力を西に押し返していた。董卓は洛陽の京に火を放ち、夜陰と混乱に乗じて西に皇帝の献帝(けんてい、181-234)を連れて長安に強引に遷都してしまった。慣れ親しんだ住まいを捨てて持てるだけの家財道具を持って強制的に長安に向かう人々・・・人々の嘆き悲しむ声は夜空にこだましたという。
このあたりから連合軍も結束を次第に欠いていく。先ず袁紹と曹操の意見が対立。
袁紹は確実に洛陽を占領して地盤を固めてから董卓を追うべきだと主張。一方、曹操は急場の遷都だから、まだそう遠くには行っていないはずで、急ぎ追撃して董卓を討つべきだと主張した。
結局曹操直属の兵、1万人だけがこの追撃を行なった。しかし地の利は董卓側にあり、曹操は大敗し、弟の曹洪(そうこう、?−232)と共に命からがら黄河を泳いで渡って帰るほどだった。それを知った袁紹はせせら笑い、
「ほれみろ。たかが1万かそこいらの戦力でそんなことをするからだ。敵が伏兵を用意しているのは当たり前ではないか。諸将も勝手なことは慎むように。」
曹操と主だった部下たちがやがて落ちのびて帰還すると、先ほどまでの貶した態度を翻して、一応総大将らしく袁紹は「さあ、曹操殿が無事に戻ってきた帰還祝いに酒宴を開くぞ。」と言ったが、曹操は苦笑して遮った。
「今回の敗戦で拙者も学ぶこと多かった。口では同志と唱えても、心が一致しなければ同志も同志ではない。」
袁紹も返す言葉が無かった。
曹操は荷物をまとめ、陣を引き払い、わずかな傷だらけの兵たちと共に根拠地に帰って行った。
この連合軍はこれによって空中分解、自然消滅した。以後、董卓を追撃することなく、曹操の言葉通り、心が一致しない者同士、群雄割拠の時代を迎えるようになる。
曹操のこの言の葉を思い出したのは、イスラエルのネタニヤフ首相の言の葉があまりにも似ているからだ。
「アメリカは友好国だが、同盟国ではない。」とよく語っていた。
現在のイランとイスラエルとの関係は日本のマスコミの報道以上に険悪の一途を辿っている。イランの形式的な指導者であるロウハニ大統領は確かに先代のアフマディネジャドに比べたら穏健ではある。しかし意思決定権はハメネイ氏なのだ。彼は国民が困窮に喘ごうがそのようなことは知った事ではないといわんばかりに強引に核開発を推し進めてきた人物である。危機が遠のくはずがない。当然イスラエルの諜報機関・モサドも逐次情報を掴んでおり、ピリピリしている。
今ではアメリカのウォール街の相場師たちも、いつイスラエルとイランとの間に戦端が開かれるか、その時どう売り抜けるか戦々恐々だ。最早「起きるか、起きないか」ではなく、「いつ」なのか、そういう段階なのだ。
今まではそれでもイスラエルが先制攻撃でアラブ諸国の軍事施設を叩き潰してきた。それが出来たのも、アメリカが陰ながら支援してきたからだ。しかし今回はどうもアメリカは手を出せそうにない。
2012年の9月に国連演説のため訪米したネタニヤフ首相はついでにアメリカとの首脳会談を希望したが、それを蹴ったのはオバマの方だった。その理由がこの人らしい。「選挙の帰趨に影響しそうだから」というから。イスラエルは最早オバマのような世論調査を気にし過ぎる人物の言う事など聞く耳持つだけ無駄だと結論づけたに違いない。
こういう状況下では逆にイランの方が先制攻撃をしやすいかもしれない。既にイランがイスラエルに撃てるミサイルの数は実に2万発を越えており、それを一気に一か八かテルアビヴに向けて発射したら、さしものイスラエルも全部を撃墜することは不可能だ。
しかもイスラム国の仮想敵国のひとつがイスラエルなのは言わずと知れたことだ。安倍首相の中東外遊でネタニヤフ首相との首脳会談の直後、ネタニヤフ首相は
「日本もイスラム国のテロに巻き込まれる可能性が高い。」
と言い、その翌日、確かに日本人人質の映像が公開、2人は殺された。
このようなイスラエルVSイスラム国、イスラエルVSイランという複雑な状況だからこそ今回は今までの中東戦争よりも遥かに危険なのである。
ひとたび戦闘が始まれば収束させるのは難しい。始まれば経済への影響は量り知れない。2008年9月に始まったリーマンショック以上の凄まじい衝撃が全世界を襲うだろう。この衝撃は当然日本の景気にも致命的なダメージを与えるのは間違いない。アベノミクスなど簡単に吹き飛んでしまうだろうし、今度こそ日本経済が立ち直れないほどのダメージになってしまうだろう。
敵よりも口先だけの同志の方がずっと危険、今回の危機はそれを我々に教えてくれていると思う。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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