左半身で立つ
受けが杖に触れたら、若干杖先が下がる
その反動で杖先を立てる
転換しながら、右足を一歩出す
杖先に受けの指が引っ掛かったら、杖尻(右手)を支点にほぼ自由落下
基本的には 片手取り両手持ち呼吸投げ と同じ
下げて、上げて(引っ掛けて)、転換してポン
杖の持ち方の基本的な考え方(片手取り両手持ち呼吸投げと比較して) として
杖尻を持つ右手から杖先までが左腕、左手は小指の筋
(会員しか理解できん表現だな)
この場合、左手で杖を動かそうとすると杖尻が動いて動作が安定しない
“投げようとしない” の意味 (個人的感想)
“投げる”と聞いて想像する(思い浮かぶ)動作は
球技における投げると格闘技における(人を)投げることが思い浮かぶ
今まで生活してきた中で言葉の持つ概念が動作に影響を与えている と仮定すると
“投げようとする”と考えると
自分の考える理想(カッコイイ)形を求めてしまう
そうして余計な予備動作がもれなくついてきて上手くいかない
師の“投げる”という言葉の概念は受けと捕り以外の人から見たら
“投げているように見える”というものであって
捕りは“投げてる”訳ではない
便宜上“投げる”と言っているに過ぎない と思う
ホモサピエンスとしての人間は対等である ←開祖の言う“人類愛”?
人が人を投げるなんておこがましい
つまり不自然である
だから“投げ”ようとしないし、考えないと相手とぶつかる
つまり、喧嘩しない ←籐平先生の教え
師の本日の〆はこんな感じだったかな
稽古中に色々しゃべったけど 忘れた
結構上手いこと言ってたような気がするが・・・
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