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2013年05月10日00:52

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繭月通り物語・序 其の二・繭月通りの殺人

 その事件は白昼に起こりました。
 目撃者一人、犯人一人、被害者一人――

 初老の男の見た事件は非常にシンプルです、スーツ姿の若い会社員を、黒ずくめの小柄な影は手に持つ刃物で刺しました。
 目撃者の男は暫く立ちすくみ、犯人が路地裏に逃げ込むのをそのまま見過ごすと、まず最初に目撃者の自分が襲われなかった事にまず安堵しました。
 そして次に慌てて自分の携帯電話を探して通報しようと思い、持ち物を探しながら手近な電信柱にあるこの場所の住所を確認していました。
 が、自分の携帯電話が見つかりません。
(自分は派遣登録してた仕事に来て、マイクロバスでここまで運ばれ、街路樹の剪定を・・・・)
今日は貴重品も電話も、会社に預けてきた事を思い出しました。

―誰か、誰か助けてください!―
 目撃者の男がそう叫ぶと、続々近所の人が集まり始めました。住人に近くの商店、床屋の人が5〜6人。
 その人達は直ぐに警察と救急車の手配をしてくれました。
 目撃者の男は被害者を助け起こそうと抱きかかえましたが、両手を汚す大量の出血と青白い顔に自らの無力さを感じました。

 それからは救急車や警察が到着し、被害者は救急車で運ばれ警察は現場検証を始めます。
 そして事情聴取と近所への聞き込み、
 第一発見者になってしまった男は、見知らぬ警察署で状況を一通り語り、その後外で待っていた派遣会社のマイクロバスで自宅のアパートに送り届けられました。


 数日後、
 県警の受付に居たのは、目撃者の男です
―殺人事件ですよ!確かに人が刺し殺されたんです!―
 一人そう訴える男を、警察官がなだめる様に押し留めていました。
 男は事件後、テレビやインターネットニュース、あと銭湯で見る新聞を欠かさず確認していましたが、自分が見た事件については何一つ触れられる事が無いと気付きました。特に報じるネタの無い地方欄でも殺人事件に関しては全く取り上げられる事はありません。
 初めの頃は目撃したショックで派遣会社の同僚にすら話せずにいましたが、彼は意を決して県警に事件がどうなって居るのかを確認しに行きました。
 そしてその答えは
―そのような事件は管轄内では起こっていない―

 男は自分の受けた心理的ショックや、あるいは存在そのものが否定されたような気分になって、激憤して言い返しました。
―そんなはずはない、自分は確かに事件を見たし警察も救急車も目撃者も居た、その人達に聞いてくれ、場所は籠目町繭月通り二丁目4番地・・・―
 数人の刑事が何やら話し合ってます。
 そして目撃者の男に言いました。
―県内にも、隣県にもそんな名前の地名は無いよ、君は何やら夢か幻覚でもみたのかね?―
 目撃者の男は、当時の感覚を反芻してみました、
 真昼の日差し、確かに自分を見た犯人の突き刺さるような眼差し、そして手を汚した血の感触。
 そして男はふと気付き、刑事に向かってこう言いました。
―会社だ、会社に聞けば派遣先の住所も判るし、帰りに警察署からバスに乗ったからそれも判る―
 刑事は再び男に優しく言います
―わかった、確認しておくから、今日は帰りなさい―


 そして更に数日後、再び県警を訪れた目撃者の男に調査の結果が語られました。
―君はあの日、映画とかを撮る野外スタジオに派遣されたんだ、しかもそれは会社のテレビCMを
撮る為の派遣で、殺人事件や人が死ぬような話の撮影では無いそうだ―
 そう言って警察官は、会社から借りてきたVTRを男に見せました。
 そこには町の雑踏の中で、無名タレントらしい人物が宣伝文句をカメラ目線で喋って、その後
企業のロゴが出ます。
 そこで刑事がVTRを一時停止して、
―これが君だそうだ―
 と指差しました、
 そこには身体が半分ロゴで隠れてますが、当日と同じ格好の、自分と良く似た背格好の人物がいます、しかし解像度で顔が似てるかどうかは確認できません。
―な・・・・これが自分と言う証拠が何処にあると言うんですか?しかもこんな町並み私は知りません、何かの間違いですよ―
 その場にいた刑事が顔を見合わせました。
―ちゃんと派遣された名簿も一緒に出してくれたよ、ちゃんと野外セットもその日
会社がレンタルしていたのが裏取りしてある、
 会社の方から聞いたが、君は以前から塞ぎ込んで仲間とも余り話さないらしいね?無保険と言う事も無いんだし、少し相談を受けて貰える場所に行ったらどうかね?―
―な、何を・・・・―
 目撃者の男は半ば強引に、会社と県警のそれぞれの後押しでカウンセリングに通う事になりました。


 一方、刑事の中で一人だけ、男の話が嘘ではないと感じた来生と言う刑事がいました。
 件の派遣会社は過去にマルチ商法で摘発、倒産した会社の(取締役に責任を押し付けた)旧役員の名前が並び、短期間に異常な急成長を遂げています。
 男の様子も、白昼夢や幻覚だったとしても、真に迫って居て虚偽を言ってるわけではない、そう感じました。

 来生刑事は、会社から渡された資料のみを見た同僚と違って、問題の野外セットに足を運んで見ました。
「これは30〜45秒のVTRを作るのには、広すぎる場所だな・・・・」
 セットの建物は、都会を再現したもの、田舎や昭和の町を再現したものもあれば、既に取り壊したのか、あるいはこれから作るのか、工事現場の足場のようなものが剥き出しだったり建物の入り口だけ作ってあるものが幾つかありました。
「ここがVTRの撮影現場・・・・」
 派遣会社が提出したVTRの場所は直ぐに判別出来る、入り口から近い判り易い場所です。
「そうなると、有り得るとしたら・・・・」
 来生刑事は案内版の全体図を見て、それからVTRの撮影現場から、最も離れた一角に向かいました。

 そこは昭和の通りを模した撮影現場で、質が良いとは言えない舗装道路と塗装、古びた看板にLEDになる前の信号機や、地下化されてない電信柱も再現されてます。
「やっぱり・・・・片付けられてる、けど」
 来生刑事は、電柱から剥がされた看板、洗浄されてシミが残った歩道を確認しました。
 あとは何もかも簡単な仕事です。
 彼女はまず鑑識に歩道のシミを調べるように連絡を入れ、自分自身はゴミ置き場から無造作に捨てられたセットから外された電柱の表示板を探し出しました。
 そこには【籠目町 繭月通り二丁目 4番地13号】と書かれていました。


 今の科学捜査は優秀です、派遣会社が正式なCM撮影をしている一方で、派遣登録者を目撃者にした事件が起こっていた事が簡単に判明しました。
 関係者の事情聴取が行われ、犯行も遺体を捨てた場所も簡単に発覚、
 殺人のエキストラが多かったその分、隠蔽は逆に困難になるという当然の結果でした。

 遺体が山中から見つかり、それが社内の経理部門で、役員による派遣社員の給料の不正流用を発見していた人物と、数ヵ月の後にわかる事になります。
 男の証言が真実であり、彼は療養からも解放される事になりました。

 来生刑事にはまだ大きな疑問が残っています。
「なぜ大掛かりな事までして、男を騙す必要があったのか・・・・」
 場所は警察の会議室、目の前にはその目撃者の男が居て話を聞いています。
 来生刑事は彼の履歴書を見て、一つ質問しました。
「貴方には奥さんが居ると書いてますが・・・・」

―すみません、それは嘘なんです、この歳なんで独身は恥ずかしいと思って―

「なるほど、殺された経理の方は一人暮らしで親戚とも疎遠な天涯孤独の人でした。それに比べて貴方を普通に殺したら、行方不明者や失踪人として通報されると判断したのでしょう。精神科に通院させて、その後に自殺に見せかけようと思った、そういう事かもしれませんね。
 それでは、貴方が会社側から狙われる動機に関しては何か心当たりはありますか?」

―それは多分、殺された経理の方が・・・私は名前と電話での声しか知らないので顔は事件で始めてみたのですが・・・彼はきっちりした性格で、私の履歴書の配偶者の欄を真実かどうか度々疑っていたのです、多い時は週に何回も・・・・―

「それの電話の履歴を何処かで盗み見られた、と言う事でしょうね。
 でもまあ、犯人グループにとっては当然の結末になったんだと、私は思いますよ。
 彼らは人を騙すのが生業だったから、自分自身が騙され欺かれる事に、通常以上に敏感になっていました。
 ですから貴方の小さな嘘を、自分達を騙す大きな嘘と感じて、これだけ大きな舞台装置と自らの破滅のシナリオを書き上げたんだと思いますよ?」

 彼女はビニールに包まれた、証拠品の看板を、指先で軽く弄びました。

by 拓也 ◆mOrYeBoQbw
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