２０１０．１．２０
今朝は仕事場でラジオ体操をしに外に出たら、空気が甘く感じるほど温かい朝でした。
帰り道も気持良くて、毛糸の帽子とマフラーはリュックにしまって元気に歩きました。
けれど、歩いてると、ついあの人の事を思ってしまいます。
“夜が明けたら
夜が明けたら
一番早い汽車に乗るから
切符を一枚用意してちょうだい”
って、あの人はやっぱり一人で旅立ってしまいました。
黒ずくめの服に、音楽だけいっぱい詰めた革のトランクを一つだけ提げて。
何でもかんでも黒がもてはやされる時代に嫌気がさしたのかもしれません。
一度だけ会ったその人は、化粧っ気のない、あわてんぼうで気さくなオネエサンでした。
なんでそうなったのか忘れたけど、ある先輩の作詞した原稿を渡すために、喫茶店で待ち合わせした事がありました。
目印の文化放送の封筒をテーブルに置いて待ってたら、その人はバタバタとやってきました。
“アタシもかなり悪いけど、アンタも相当なもんね”って僕の牛乳瓶の底みたいなメガネを取って原稿を読み始めました。
そして直ぐに笑いながら“ダメだあ”って返してくれました。
ステージとは違い、サングラスじゃなくて普通の黒ぶちメガネをかけてるのが不思議で、結構度の強そうなのが嬉しかった。
で、帰る時に、“いけない、財布忘れた！”ってドタドタ出て行って、また息せき切って戻って来て喫茶店のお勘定をしてくれたんでした。
あの人の二枚目のアルバム「ＭＡＫＩ �供廖�1971）に、先輩の作詞した歌が１曲だけ収録されてるから、もしあの時の原稿の曲だとしたら、僕は大学を追い出されたばかりの崖っぷちの２３歳だったはずです。
ちょうどその頃は、学生運動が退廃の度合いを深めていくにつれ、今度は演劇運動が盛んになり、“天井桟敷”や“状況劇場”“早稲田小劇場”が煌めいてました。
一つの嵐が終わり、また次の嵐に巻き込まれる前の、寒い寒い、冬の夜に、その先輩に、凄い歌手がいるからと友人達と強引に連れて行かれ、銀座の“銀巴里”で初めてあの人を観て歌声を聞いたのでした。
なにしろ初めての音楽のライブ“生演奏”でしたから感動しました。
ましてあの人の雰囲気と歌声は、気だるいのに迫力があって、演歌と６０年代ミュージックでヤワに育った僕にはとても刺激的でいっぺんにファンになりました。
どうも先輩は、あの手この手で頼りない後輩の僕を一人前の男にするために〈教育〉してくれてたようです。
お前みたいな下町のあんちゃん風の素人の方が良いんだって、乱暴な発想に押し切られ、渋谷の“ジャンジャン”の詩劇の舞台に綺麗な女の子と二人きりで立たされたのもそうでした。
練習をしたのが小さな部屋で、「長谷川きよし」が目の前で、壁を歌声で震わせながら歌ってくれたのには感動し、嬉しかったけれど、結局惨めな思いに打ちのめされました。
舞台でセリフが出なくなり立ち往生してしまったんですもん。
何をやってもダメだなあ…、と転がり込んでいた友人の古いアパートで、あの人のレコードを繰り返し聴きました。
暗く低迷してる心に響いて、苦しみなんて、まだ、こんなもんじゃない、まだ、こんなもんじゃない…って語りかけてくれるようでした。
寝汗をいっぱいかいた後のように、ようやく自宅に帰って、木場の製材所で働き始めたら、すぐに夏になり、“今日の〜仕事も辛かったあ〜後は牛乳飲んで眠るだけ〜”なんてめちゃくちゃな岡林信康の替え歌を歌いながら、夕陽の見える橋を渡って家に帰ったもんでした。
身体を使って汗をかいて働いたらいっぺんで元気になり、サークルの人形劇に再び関わっていくんですから、生まれついての呆れた楽天性なんです。
それから、あの人とは縁遠くなり、５、６年たって加藤登紀子やリリィのコンサートに新しく出来た幼い恋人と行くようになりました。
それから３５年後、一昨年の冬に、再び先輩があの日のメンバーにチケットをくれて、新宿の“ピットイン”でのあの人のライブに行きました。
何だか調子が悪かったのか、歌声も弱く、“今夜のお客はノリが悪いわねぇ…”なんてショボショボしたライブで、どうしちゃったんだろねぇ、と最初に“銀巴里”に一緒に行った、すっかり姥桜になってしまった友人達と話したんでした。
蝋梅の咲いた朝の旅立ち、なんてあの人にふさわしくないけど、素顔には蝋梅の花が似合う人でした。
マキさん、ありがとうございました。
貴女の曲を聴きながら飲んで、二日酔いにならないようにしますね。サヨナラ。
ログインしてコメントを確認・投稿する