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2026年09月11日01:39

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はなれ瞽女おりん

シネヌーヴォ九条で上映された「映画監督 篠田正浩レトロスペクティブ」で観た映画��

◆はなれ瞽女おりん
1977年/表現社/118分/35mm/カラー
監督・脚本:篠田正浩/原作:水上勉/脚本:長谷部慶次/撮影:宮川一夫/美術:粟津潔/音楽:武満徹 
出演:岩下志麻、原田芳雄、奈良岡朋子、樹木希林、西田敏行、安部徹、横山リエ、神保共子、中村恵子、宮沢亜古、浜村純、殿山泰司

◆水上勉原作を元に、滅びゆく盲目の女旅芸人“瞽女”の姿を北陸の美しい四季の景色を背景に、哀歓を込めて描いた傑作。男と一夜を共にしたことから一座を追われ“はなれ瞽女”となったおりん(岩下志麻)は、憲兵隊に追われる脱走兵・鶴川平太郎(原田芳雄)と出会う…。『あかね雲』に続き、軍隊に追われる男を描く篠田の渾身の1本。ロケハンに2年、脚本に1年、映像美も素晴らしい!

この作品のことは、篠田正浩と岩下志麻の代表作だし、初代日本アカデミー賞受賞作品であるだけでなくその映像美が世界的にも評価されているので知っていたが見たのは初めて。
「平行と垂直」や、「ときには懺悔を・・」などハンディキャップのある人の映画がいま複数上映されているが、奇しくもこの映画も生まれながらの障害を持つ女の一生を描いたもの。今の世を生きづらいと言う人が多いが、おりんのような境遇と時代背景を想うとき、よくぞこんなに傷つけられて生きていられたもんだと思う。(最後はどことも知れぬ山の端で赤い襦袢のされこうべになってしまうのだが)

いつも明るく前向きで張りのある声のおりん(岩下志麻)、歌も三味線もうまい。
裸足は可哀相だと足袋を履かせてもらったらかえって足を痛めてしまった幼い時の経験からいつでも裸足に草鞋なんだと、見知らぬ男に話して聞かせる。

雪の福井県小浜、生まれつき目が見えない幼いおりんは母親のネグレクトで天外孤独となる。村人は富山の薬売りにりんを託す。薬売りは商売であちこち回るのでいろんな仲介業をしていたんだろうな。新潟の瞽女の親方の家屋では、お母さん(奈良岡智子)が若い瞽女をしつけ、三味線や唄だけでなく、ごぜのあるべき立場と役割を教える。日々、それぞれが手で耳で気配で自分の周囲を把握し、家の中を丁寧に拭き唇に針の穴をあてその感覚で針に糸を通し縫い物をする。深い信仰心を持ち、めくらのわたしたちは地獄を見なくてすむように観音様に眼をおあずけしているのだと教えられる。男とは決して交わってはいけないという掟があるのもまるで尼僧(聖職者)のようだ。まぁ結局そんなきれいごと言っても現実は厳しく、めくらは差別されるしめくらの女は男に狙われ堕とされる。

『堕とされる』というのは独特の言い回しだが男と肉体関係を持つこと。堕とされ妊娠しても相手は認めてくれないし、めくらの女を嫁に迎え入れてくれるような家もない、結局悲惨な運命が待っている。だからそうならないように親方は彼女たちを守るために厳しくしつけるのだが、年ごろの娘は好奇心も強く、とくに美しかったおりんは男にちやほやされることに有頂天になっていた。おりんに言い寄る男たち、ほんとにけがらわしい。中でも瞽女一座が雑魚寝している寝所で大胆にもおりんを手籠めにした下衆な男が西田敏行とだった!
堕とされた瞽女は、はなれ瞽女となりコミュニティを出ていかなければならない。はなれ瞽女としての厳しい生活が始まった。

なぜにおりんはこんなに明るく前向きなのだろう。死にたいとか思ったことはないのか。いや死にたいと思う感覚は、かつては幸せだったのに今は不幸といった転落から生じる感情かもしれない。最初から不幸のどん底だったおりんにとってはそういう感情に陥る経験さえないのだ。
巡業の旅では、目が見えない弱い立場につけこまれ男にレイプされまくるが、受け入れている。生まれつき誰かに頼って生きていかねばならないさだめなのだからと割り切っているかのよう。そこに感情を入れると耐えられなくなって死にたくなるから感情を入れないようにする自衛の術なのかも。手引きしてくれる男に身体を差し出すのはお礼の意、もし男に温情があれば心付けももらえる、時には寒い夜の暖房がわりにもなる、と。とにかくポジティブ。
セックスを苦痛に満ちた拷問と思うか気持ちの良い営みと思うかは捉え方次第なのかもしれぬ。
そんな風に男を受け入れてきたおりんにとって、鶴川は自分が初めて出会った”自分を抱かない”男だった。
「なぜ私を抱いてくれないのか?」とおりんに尋ねられ、鶴川はこう答える。
「自分がお前を抱いてきたゲスな男どもと同じになるのが嫌なのだ。お前を抱いたらお前と別れなければならない。もう少しお前と一緒に旅をしたいのだ」と。

朝靄の中の水浴び 半裸(ヌード)のおりんの美しいこと!後光が差した観音様のようだと鶴川はまぶしげにいう。卑しい女の中に聖性が宿る。

巨大な山車の連なる見事なまつりは、柏崎の薬師寺の設定だが、七尾の石崎奉燈まつりのロケで撮られたらしい。厳しい北陸の冬山や荒れ狂う海、こぶしの花がさく春、祭りの賑わいなど、名匠宮川一夫のカメラワークが芸術的。おりんに初潮があったときの、雪の上真っ赤な血跡と椿の花などの表現は本当にはっとさせる。
先の地震や豪雨で被害を受けたアノ能登や新潟の在りし日の原風景が本当に美しい。



《あらすじ》
大正七年、春まだ浅い山間の薄暮、おりん(岩下志麻)は、破れ阿弥陀堂で鶴川平太郎(原田芳雄)と出会った。翌日から、廃寺の縁の下や地蔵堂を泊り歩く二人の奇妙な旅が始まる。ある日、木賃宿の広間で、漂客や酔客相手におりんが「八百屋お七」を語っている時、彼はその客に酒を注いだり、投げ銭を拾い集めていた。またある夜には、料理屋の宴席で「口説き節」を唄うおりんの声を聞きながら勝手口で下駄の鼻緒のすげかえをすることもあった。それからも鶴川は、大八車を買入れ、おりんと二人の所帯道具を積み込んで、旅を続ける。そんな時、柏崎の薬師寺で縁日が開かれた。露店が立ち並ぶ境内の一隅に、下駄を作る鶴川と、できあがった下駄をフクサで磨きあげるおりんの姿があった。しかし彼は土地のヤクザに呼び出され乱闘となり警察に拘留される。鶴川が不在の間に、香具師仲間の一人である別所彦三郎(安部徹)におりんは松林で帯をとかれていた。松林の中でのことを知った鶴川は逆上し、大八車の道具箱からノミを取り出すと、松原を走り去った。やがて、渚に座りこんだままのおりんの前に鶴川が現れ、「また一緒になるから当分別れて暮らそう。俺は若狭の方へ行く。」と言い残すと姿を消した。
季節は秋に変り、おりんは黒川の六地蔵で出会ったはなれ瞽女のおたま(樹木希林)と共に、南の若狭方面へと向っていた。そんな時、鶴川は別所殺しの殺人犯として、また福井県鯖江隊所局の脱走兵としても追われていた。残雪を残す若狭の山に春が訪れる。若狭の片手観音堂に来ていたおりんは、ある日参詣人でにぎわう境内で、鶴川に呼びとめられた。その夜、うれしさにうちふるえながら、おりんは初めて鶴川に抱かれた。翌日から二人はまた旅を始める。しかし、二人の背後に、憲兵中尉・袴田虎三(小林薫)の姿が迫っていた。(映画.comより)
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