今日から6月。今月はいよいよワールドカップサッカーが始まります。
1974年のワールドカップサッカーでは、オランダが大活躍し、優勝こそ西ドイツに譲ったものの、その大会を通じて最も強烈な印象を遺したチームとして今も讃えられています。その中心選手がヨハン・クライフという天才的プレイヤーでした。この人は“Flying Dutchman(空飛ぶオランダ人)”との異名で親しまれ、今でもリスペクトされ続けています。
https://www.youtube.com/watch?v=aQOzP1pF1XE
もっとも、“Flying Dutchman”は、ワーグナーのオペラ、「さまよえるオランダ人」の英語タイトルらしいので、もしかしたらこれと関連した(皮肉な?)意味合いが込められているのかもしれません。
でも、今大会の日本代表から“Flying Japanese”と呼ばれるくらいの名選手が現れて、日本を決勝まで導いてくれたらなぁと感じるのも事実です。何しろ、大昔の日本には、“Flying Japanese”と言ってもいいくらいの人が実在したのですから。
藤原成通(なりみち)という平安時代の貴族です。
ご存知のとおり、日本には昔から蹴鞠という球技がありましたが、成通はその名人だったのです。
蹴鞠は文字通り「鞠を蹴って遊ぶ」貴族の遊戯ですが、もちろん今のサッカー、フットボールとは相当違います。「鹿革製の鞠」を地面に落とさないよう、数人で円になり「アリ」「ヤア」「オウ」と声を掛け合いながら優雅に蹴り続けるという、云わば集団リフティングのようなものです。勝敗は競わず、一人で何度リフティングしてもよく、他のメンバーにパスするときには相手が蹴りやすいようにパスする思いやりを重視しています。
集団が蹴る「鹿革製の鞠」というのも曲者で、現在普通に見られる鞠やサッカーボールのような真ん丸な球ではなく、「フランスパンにも似た、真ん中の部分を強く締めくくった、ややくびれた形のもの」(「空飛ぶ大納言」/澁澤龍彦)ということですから、これを上手く蹴るには相当の熟練を要したものと思われます。
成通については、このような「鞠を一人でリフティングしながら、なんと清水寺の欄干の上を往復した」とか、「台盤に乗って鞠を蹴ったが鞠を蹴る音だけが聞こえて、沓の音は少しも聞こえなかった」とか、「数人の侍の肩の上を渡り歩きながら鞠を蹴ったが当の侍たちはそれに気付かなかった」とかの盛りに盛った伝説が今に伝えられているということです。
まぁ流石にこれらの伝説はフィクションでしょうが、それでも成通がこれらの伝説が遺るほどの蹴鞠の名手であったことは事実のようで、後世の蹴鞠書でも成通は“蹴聖” として称賛されているということです。
20世紀の幻想・怪奇文学の旗手、澁澤龍彦は、こうした伝説が、共通して、成通が若い頃から鳥のように身が軽く、あたかも重力の法則を無視したかのように、虚空にあそぶ能力を身につけていた様子を伝えるものであると解釈し、『空飛ぶ大納言』という自作の中で次のように述べています。
成通は、蹴り手すなわち自分の位置を固定させたまま、ただ対象物たる鞠だけを上方に蹴り上げるなどというようなことには、なんの興味をもいだいてはいなかったようである。人馬一体という言葉があるけれども、彼は鞠と一体になって、つねに目まぐるしく自分の位置を変化させることしか望んではいなかった。鞠とともに身みずから虚空にあそぶこと、これが成通にとっての蹴鞠の要諦でもあったかのようである。
これはもう蹴鞠というよりは、サッカーをイメージさせるものという感じがしませんか?
成通は蹴鞠の上達のために千日にわたって毎日蹴鞠の練習を行うという誓いを立て、その誓いを成就した日の宴の夜のこと、夢うつつの彼のもとに3人の鞠の精霊が現れ(ここまでは『成通卿口伝日記』にも出てくる)、成通の願いを叶えると言います。
『空飛ぶ大納言』の中で、このとき彼が願ったのが、鞠とともに飛翔することでした。
今なら、ワールドカップ優勝かな?
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