なんかこう、分厚くて長―い話がいいんだよねぇ…。
先ざきに読書会でどんな本を取り上げようか考える際に、どうしても重たい長編を選びがちなわたくしが、またもやいつものセリフを口に出してしまった。
それを聞いた本読み仲間が、そういえば前に読んですごく面白かったと紹介してくれたのが、この本だった。
ベヴァリー・スワーリング 『ニューヨーク』。
書かれたのは2001年、村上博基による邦訳が集英社から出版されたのは2004年のことだ。
原題は ” City of Dreams: A Novel of Nieuw Amsterdam and Early Manhattan”、つまりニューヨークがニューアムステルダムという名の街だったころからの物語だ。
ニューアムステルダムは、“New”でなく” Nieuw”と綴られていたのを初めて知った。
オランダ語なのだろうな。
とうに絶版で、近くの図書館にも所蔵がなかったので、隣町の図書館で借りてきた。
2段組みで600ページある。
上下巻に分けていないところがスバラシイではありませんか。
時は1661年。
旧大陸から流れ着いてきた人々が、先住民を武力で追いやりながら、アフリカから連れてきた人々を奴隷として使役し、原野に街を広げつつあった時代。
ロッテルダムから、イギリス人兄妹が長い船旅を経て、マンハッタン島に上陸を果たす。
兄のルーカスは床屋、妹サリーは薬草の知識が豊富だった。
当時の床屋は、刃物を持つ関係からか、外科医のような役割も担っていた。
上陸早々、ルーカスは時の総督の結石を(窓際の棚に両肘をついたまま麻酔なしで)メスで切除して取り除くという荒療治をやってのけ、町の一角に床屋を開業することを許される。
この、いきなりの治療場面がもう、すさまじい。
著者によると、ここに書かれた手術のもようは、すべて古い記録に書き残された詳細な手順をもとに再現されたものだそうだ。
この部分を読んだだけで脱落する読者もいるだろうが、ここから先もこうした描写は何度も繰り返されるので、ここがダメなら潔く本を閉じてしまった方がいいだろう。
なにしろこの物語は、外科処置に秀でた兄と、薬草やアヘンの調合の腕を持つ妹から始まる八つの世代の子孫たちが、およそ150年にわたって、処刑、天然痘、人身売買、殺人、火災、出産、堕胎、虐殺、拷問、戦争・・・といった人の生き死にが生々しく繰り広げられる時代を、文字通り血を流しながら生き抜いてゆく大河小説なのだから。
しかもそこに、国教会かカソリックか、オランダ人かスコットランド人かユダヤ人か、黒人なのか先住民なのか白人なのかといった、持って生まれた信仰と血による容赦ない分断の様相が加わり、多くの登場人物たちを蹴散らし追いつめ破滅させ、また持ち上げては地獄の底に叩き落す。
・・・かれこれ200年以上も、世界で最も繁栄を極めた街であり続けるマンハッタンは、そうした人々の文字通り屍の上に建っていることを、この本は教えてくれる。
さらに言うなら、この小説の背骨となるテーマは「復讐」である。
誰が?どうして?
・・・読めばわかります。
小説の中盤から、堂々たる復讐の女神として君臨する美女ジェネットは、この大河小説のヒロインに相応しい頭脳とパワーの持ち主だ。
この作品、映像化されたという話は聞かないが、ジェネットの役をやりたがる女優は多かろう。
”熱心なアマチュア歴史家”を自称する作者は、この本を書くにあたって、ニューヨーク中の図書館で史料を渉猟したという。
だからほんの一部を除いて、書かれていることはすべて事実に依っている。
こうした史料をかき集めて小説に組み上げるのは、さぞや愉しい仕事だったことだろう。
読者はその果実を長い時間堪能できるわけだ。
また、こうした歴史(たった350年だけどね)のかけらを現代にまで残してきた人々の営みにもあらためて敬意を抱いた。
大河小説であり、また医療小説でもあるこの作品。
麻酔や輸血、種痘の手法の確立されていないこの時代の医療が、どう行われていたか。
そして内科医と外科医の圧倒的な地位の差にも驚かされた。
この本は入手が難しいから、読書会のテーマにはできそうもないが、見つけたらぜひ読んでみてほしい。
巻頭に見開きで掲示されている系図に、いつでも参照できるように付箋紙を貼って読もう。
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