「聖地ねえ!」大男はそのアボリジニを横目で見た。「こいつらの言う場所が全部聖地だったら、オーストラリアには聖地が3000憶もあることになっちまうぞ」
「だいたい合ってるよ!」痩せたアボリジニが言った。
1989年に48歳で逝ったブルース・チャトウィンの遺した著作は多くないし、邦訳されていないものもある。
チャトウィンは18歳の時ロンドンのサザビーズでポーターとして働き始め、その審美眼でもってわずか数年で美術品鑑定士として名を成し、なのに突然仕事を辞めてエディンブラ大学で考古学を学び、それもやっぱりちがうなと思ったのか3年で辞めて新聞社の特派員となり、やがて作家として立った。
(なんだかアルチュール・ランボーみたいだ。)
彼はアフリカ、南米、中央アジアなど各地を旅し、独特の作風で自分の旅と、そこで出会った人々について書き記した。
彼の愛読書は『奥の細道』であり、同じく若くして亡くなった英国人ロバート・バイロンがペルシャとアフガニスタンを旅して書いた『オクシアーナへの道』であったという。
ブルース・チャトウィンの『ソングライン』をテーマに、読書会を開いた。
代表作『パタゴニア』とどちらにするか迷ったが、オーストラリアの広大な大地には先住民アボリジニにしか見えない無数の道(Songlines)が張り巡らされていて、それを彼らははるか遠い先祖から、自分たちにしかわからない歌や目印で伝え続けており、チャトウィンは、人づてにその道をたどる旅をして本を書いた、な〜んて聞かされると、ロマンチックな想像でクラクラし、もうそれを読むしかないと思ってしまうではないか。
チャトウィンは、オーストラリア内陸部のアリス・スプリングズで、コサックの血を引く男、アルカジーと行動を共にする。
アボリジニ文化に精通したアルカジーは、アリス・スプリングズと北岸の街ダーウィンを結ぶ計画の鉄道ルートの調査をしている。
付近には先住民アボリジニにとっての聖地が点在するため、鉄道の敷設工事には解決しなければならない問題が多い。
荒野のどのポイントが”伝統の地主”、つまり太古の英雄の創造物なのかを、先住民たちから聞き出すのが、アルカジーの役目だった。
アルカジーに伴われて、著者はさまざまな人々に出会う。
比較宗教学を修め、ローマでシンクレティズムに目覚めて誓願破棄、政治活動に入ったアボリジニのフリン神父。
”アボリジニアート”を扱う画商レイシー。
活動家マリアン。
元コミュニストのジム。
アボリジニの地主アランと、その目付け役である甥っ子。
ピントゥピ族で結成したバンドのヴォーカル、ミック。
そして、カレン居住地で雑貨屋を営むドイツ人のロルフと、ガールフレンドの文化人類学者ウェンディ・・・。
(この本を読んで混乱したのは、誰がアボリジニで、誰がヨーロッパ人入植者なのか、名前で区別ができなかったことだ。)
チャトウィンは行く先々で先住民差別の現場を目撃もするが、一方で彼らのしたたかさ、もっと云えばよそ者たる欧米人たちをほとんど意に介さない生き方も目にし、彼らをフラットなユーモアを交えて描写する。
自身はあくまで観察者に徹し、その分、出会った人々に語らせているのだ。
(実際のチャトウィンはひっきりなしのお喋りで、しかもその話術は多くの人を魅了し続けたというが。)
大陸全土に張り巡らされた「ソングライン」の仕組みや、それがどのように共有されているのかを、我々がイメージするのは難しい。
――歌は地図であり、方向指示器でもあり、人々は近隣部族の歌の数小節を聴きとれれば、たとえその土地へ行ったことがなくても、どの土地のことが歌われているか正確にわかる。
――音楽は、行きたいところへ行くための記憶装置でもある。
――アボリジニ全体で200もの言語があるのは、言語が部族の分布と関係しているのではなく、そこに住む人々が土地固有のあらゆる物に名前を付けることでそれぞれのテリトリを手に入れるためで、変化してゆく動物相や植物相につれて、大陸に網の目のような点と線が展開している――。
・・・やがて自分の頭の中に、あの広大なオーストラリアの中に無数の点ができ、それが線でつながって、網の目のようにそれらが点滅しているというイメージが立ち上がってきた。
(Geminiにイメージを伝えて描いてもらうとこうなるみたい)
著者はアルカジーとともに移動し、人と出会って話を聞き、また移動して別の人に会い・・・と、この本は読者を、絶え間ない移動と出会いの連続に放り込む。
我々読者が、話が一体どこに向かっているのか展望が読めずに苦戦し始めるあたりで、著者は、迫りくる嵐のためにどうしても郵便飛行機の空席に乗り込んで調査地へ向かわなければならないアルカジーを見送って、独りトレーラーハウスに残り、過去に自分が書き記したメモの山の再読と整理に没頭しはじめる。
――つまり、この本の半ばからは、ひたすらチャトウィンの覚え書きのメモの採録が続くのだ。
アナトール・フランスの遺した格言、
『詩経』からの引用、
ナチスに追われたユダヤ人と、老いるまで彼の屋敷を守り続けたかつての使用人とのエピソード、
イブン・ハルドゥーンによる無差別の戦争の始まりの考察・・・。
永年の旅と思索の産物ともいうべきこうした文章やエピソードのかけらを、著者はこれまで何十冊もの手帳にびっしりと書き込んでいた。
2009年に英治出版から刊行された新訳では、この部分は、グレーの地に白で抜いたページに印刷されていた。
チャトウィンが愛用したモレスキンの手帳のサイズに抜いてあるのでは?と気づいた人が教えてくれた。
なるほど!
「チャトウィンが、アルカジーの案内で巡るアボリジニ社会」がこの書物の本筋だとしたなら、この覚え書き部分は本筋とかかわらないので読み飛ばしてもいい・・と思う読者はいるだろう。
けれど大部分の人は、それでもこの断章の連なりを、むしろ読まずにはいられなくなってくるだろうと思う。
この本を読みながら、きっと多くの読者は、アボリジニ文化への興味に加えて、ブルース・チャトウィンの思考そのものに興味を持ち始めてくるだろうから。
移動を止めたチャトウィンの、脳内にこだまする旅と書物と経験の断章。
読み進むうち、それらがあたかもソングラインのように、点から点へ移り、読者をより遠くへ、別の世界へと運んでゆくかのようだ。
会の中で誰かが、我々にとっての「本」が、彼らの「歌」なのでは?と述べた。
アボリジニたちの歌と記憶、そして夢。
それは、彼らの頭と心の中にしか存在していないものだ。
それに比べて現代の我々は、あらゆる記憶を文字にして書き出してしまっている。
そう思うと、文字に絶対の信頼をおき、文字で埋められた本を大事に読書会を開いている身としては、「文字」というものの脆弱さをつきつけられたような気がして、少なからず動揺したのも事実だ。
彼らのソングラインは、いつまで命脈を保てるだろうか。
翻って、我々の文字は。書物は。
さて。
そんな小難しい話ばかりしていたわけでもないのに、喋っているうちにどんどん時間が経ち、夜の部に突入した。
参加者が差し入れてくれた秘蔵の山形ワインに合わせるのは、牛肉のステーキ。
本の中でチャトウィンは、ロンドン図書館で調べ物をした帰り、世界中を流れ歩いたという浮浪者に、旅の話をきかせてもらうために店でステーキをおごるエピソードがあったのだ。
二人が食べたのはもちろん英国産の肉だったろうが、今日焼くならオージービーフだ。
メニュウにはサーロインとランプのステーキがあって、チャトウィンは彼のためにサーロインを選ぶ。
それを平らげて皿まで舐める旅人を見て、チャトウィンは彼のためにおかわりを注文する。
これは私のお気に入りのエピソード。
右がランプで、左がサーロイン。やっぱりサーロインの方が高級な味がするな。
本の中でも、アルカジーとチャトウィンが、固く焼き過ぎたステーキを食べる場面が何度かあった。
食べて飲んで喋って、また食べて喋って。
幸せな時間はどんどん過ぎる。
さて冒頭に書いたように、チャトウィンは、48歳の時にAIDSで亡くなっている。
彼は妻帯者でもあったが、途中からバイセクシャル、あるいは同性愛者として生きた。
『ソングライン』は、HIV陽性の告知後、すでに体調の悪化した状態で書き上げられたらしい。
本書後半のモレスキンの手帳の抜き書き部分に、彼の気力の衰えを指摘した参加者もいた。
80年代から90年代にかけて、多くの作家や芸術家がエイズでこの世を去っている。
もっと先々まで作品を発表し続けるはずであった彼らが、道半ばにして死期が目前に迫るのを知った時に、どんな思いを抱いたのか。
それは無念か、悔恨か、諦念か、あるいは充足だったのか。
この本を読んで、こと芸術の分野においては、「エイズの時代」というのが確かにあったように思う。
そしてそれについて、いつかまとまったことを考えてみたいとも思った。
2010年に始めたこの読書会も、今回で51回目。
今回も、興奮のうちに解散した。
いずれ来年あたり、デュマの『モンテ・クリスト伯』をやろうということになった。
一昨年の『白鯨』以来の、堂々たる大長編。
さぁ、どの訳から読もうか。
何よりも本を読むことが好きな友人たちと過ごした、愉しい一日だった。
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