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2015年03月11日17:52

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「男らしさ」とは?

この本やこの記事はただ批判しているだけではないのであろうことは伝わってくるが「だったらどうすればいい?」という答えは書いてない

その答えは一つではないだろうし、人によっても違ってくるだろう。

「男らしさ」という価値観は女性が望むものでもあるし、それに応えたいという男の欲望でもある

様々な人が高いLVで切磋琢磨していかなければ「男らしさ」という価値観はどんどん毒にしかならなくなっていくだろう。

多くの人が楽な方へ安い方法論へと逃げ続けた先に何が待ってるのかを考えると恐ろしくなってくる

でもそれは他人に対しての責任転嫁だということも私は解っている

ならばどうすればいい!?

人類すべてに英知を授ける方法はないのだろうか?

とりあえずこの本は買ってみることにしよう。



【レビュー】競争・プライド・モテだけで生きてる男はもうヤバい! - 『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=95&from=diary&id=3313836

●語られはじめた、男の生きづらさ
これまで、女性の生きづらさについては、数々の本や言説によって取り上げられ、その啓蒙や救済が語られてきた。一方、男の生き方となると、「もっとビジネスで成功するには」「より女性からモテるには」といったハウツーやノウハウばかりで、その"苦しさの正体"にはほとんど触れられてこなかったように思う。いや、"苦しい"と感じること自体を許さないような空気すら、そこにはあった。

しかし、「俺だってつらいんだよ!」と男性がようやく言えるようになったのか、はたまた「"女の呪い"を解くには、表裏一体で存在する"男の呪い"をセットで解決しないと、どうにもならねえ」ということに女性が気付いたのか、最近にわかに"男のしんどさ問題"がクローズアップされはじめている。

○"男らしさの呪い"がようやく語られはじめた

たとえば、モテを男性の自意識の問題として捉え直した『すべてはモテるためである』(二村ヒトシ・著、文庫ぎんが堂)や、男性の性欲を社会構造の視点から説いた『男子の貞操――僕らの性は、僕らが語る』(坂爪真吾・著、ちくま新書)はその代表例。

プライドの高さとコミュニケーション不全が"弱者男性"を生んでいる現状を描いた『ルポ中年童貞』(中村淳彦・著、幻冬舎新書)、ミドルクライシスに陥った男性を長期取材した『男性漂流 男たちは何におびえているか』(奥田祥子・著、講談社+α新書)、男性の性欲が過剰に肯定・保証されている社会の空気をあぶり出した『男しか行けない場所に女が行ってきました』(田房永子・著、イースト・プレス)なども、注目すべき本だ。

他にも、武蔵大学で男性学を研究する田中俊之氏、ネットコラムで男性心理の問題点を丹念に因数分解する「桃山商事」など、同様の動きは同時多発的に発生している。

そして、これらの問題をほぼダイジェストで解説した、入門編とも決定版ともいえる本がついに登場した。それが、『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(湯山玲子・著、角川書店)だ。

著者の湯山氏は、これまで『四十路越え!』(角川文庫)や『快楽上等! 3.11以降を生きる』(上野千鶴子との共著、幻冬舎)などで、従来の"女らしさ"から脱却した新しい女性の欲望のあり方について、繰り返し語ってきた論客である。そんな彼女が、分析の矛先を初めて"男の問題"に向けたのが本書だが、その舌鋒の鋭さはこれまで以上だ。

男性の欲望が、結局は競争・プライド・モテの3つにしかないことを見抜いた彼女は、その3つが生きていく土台になってしまっているために、そこから抜け出そうとすると男性はアイデンティティが崩壊し、生きていけなくなってしまうことを喝破している。

その上で、それが問題だと感じたことも考えたこともない男性に向けて、あえて寝た子を起こすような耳の痛い指摘を、ずばずばと展開していくのだ。

●男にかけられてきた呪いとは
○感情を殺し、組織に依存し、競争がやめられない

たとえば、<わかっちゃいるけど止められない、「競争」>の章では、すべてを勝ち負けでしか捉えられない男性の行動原理を分析。"敗者になる"ことの恐怖から競争を抜け出せず、勝つことよりも、失敗を恐れて保身することが男性社会の目的となっていると言い放つ。

女性の社会進出が阻まれてきたのは、敗者男性を敗者と感じさせないように、「それでも女よりは上」と思わせておく必要があったという背景にも斬り込んでいる。

また、<歌舞伎と忠義から学ぶこと>では、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』『東海道四谷怪談』に描かれる"忠義"の精神を例にとり、男性が生きるために必要な個人の判断や選択を、所属する組織や周囲の空気にゆだねてしまう"組織依存"の性質を指摘。自由意志や自己責任を放棄してしまったほうが、ラクだしおトクである、という日本人の本音に踏み込んだ。

さらに、<「モテ」は思想である>では、男性にとって恋愛やモテの動力源が、「ヤッた女の数、または質を競う」という競争原理にあり、セックスの動機が女性への征服欲にあるという問題を取り上げている。

<男における感情問題>では、自分の感情に蓋をして"ないもの"としてきたために、感情への対処の仕方がわからず、突然キレるようになった暴走老人の例を紹介。プライドや恐怖が先行して、自分の感情をブロックしてしまう男性の脆弱性に目が向けられている。

このように、最近になって問題化してきた"男にかけられた呪い"が、湯山氏の手でほとんど網羅されているのがすごい。彼女が周囲にヒアリングした実例や、文化的な背景にも豊富に言及されており、一種のカルチャー論としての強度も持ち合わせている。

●自由に性を乗りこなす"心の両性具有者"であれ
○マザコン社会が男性を"子ども化"させる

本書では、最近の新しい男性の潮流として、マッチョな競争原理に依存せず、自分らしさや気分のよさを優先させて、無理をしない自然体の男性が増えている例も紹介している。

一見、とても望ましいことのように思えるが、湯山氏はこれを手放しで賞賛しない。万能感を持ったまま自分の欲望を制御せず、ラクでおトクな道ばかりを選ぶ"子ども化"が進行しているのではないかと彼らを危惧している。

その背景として重要なのが、"男性のマザコン化"だ。戦後の家父長制が母と子を家庭に押し込めた結果、日本男性は、性の目覚めをきっかけに母親から自立する機会を奪われてしまった。自分に全力の愛情を注いでくれる一番の理解者である母親と、自分の性欲をその通り満たしてくれるAVさえあれば、他者の女性と関わる必要がなくなり、そのことが男性の"子ども化"に拍車をかけているのではないかと、氏は推察するのだ。

昨今、家庭も大切にして、育児にもきちんと参加する男性は理想的に語られるが、湯山氏には彼らの姿が、妻の言いつけに従順なだけの"聞き分けのいいお兄ちゃん"に見えるという。つまり、"母の息子"から、"妻の息子"に変わっただけだというのだ。この指摘には、男性の新たな生存戦略を見透かされたようで、正直、身震いがした。

だからこそ、大人の男性としての性愛のコードや振る舞いを身に着けるべきだと、湯山氏は主張する。"男らしさ""女らしさ"に囚われる必要はないが、男女の性を"ないこと"にしてしまうのは"子ども化"であり、それもまた不自然な抑圧を生むというのが氏の考えだ。

○自分の中に女性性を育てよう

本書の中で、私がもっとも感銘を受けた場所がある。"女言葉"には、相手を威嚇する攻撃的なボキャブラリーがないため、女性は「やべえ」「うるせえ」「ふざけんな」といった"男言葉"を使うことで、初めてそういう気持ちを表現できるようになった、と解説する章だ。

湯山氏はそこで、逆に男性も女言葉を使うことで、自分の中の女性性(優しさ、愛嬌、コケットリーなど)が表現でき、感情や意見を伝えやすくなるのではないか、と提案している。

つまり、男女の性をどちらも"ないこと"にして押さえ込むのではなく、男の中にも女性性を、女の中にも男性性を、両方そなえることで性を超越しようと、本書は述べているのである。

男性優位、女性蔑視の差別構造を糾弾しようとするあまり、性差そのものを過剰に否定するよりも、自由に性を乗りこなす"心の両性具有者"であれ。私は本書から、そんなメッセージを読み取った。

ともあれ、当たり前だと思っている無意識の行動原理が、自分の首を絞めあげ、他者を踏みつけていることを確認するためにも、「別に俺は悩んでない」という男性ほど、本書は必読であろう。

<著者プロフィール>
福田フクスケ
編集者・フリーライター。『GetNavi』(学研)でテレビ評論の連載を持つかたわら、『週刊SPA!』(扶桑社)の記事ライター、松尾スズキ著『現代、野蛮人入門』(角川SSC新書)の編集など、地に足の着かない活動をあたふたと展開。福田フクスケのnoteにて、ドラマレビューや、恋愛・ジェンダーについてのコラムを更新中です。

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バークレー1973年宣言

 ぼくたちは、不可能で抑圧的な男性像―強くて、寡黙で、冷静で、ハンサムで、非情緒的であり、成功しており、女の主人であり、他の男に対しては指導者であり、富を手にし、頭脳明晰、スポーツ万能、そして重々しさを持つ男ーを達成しようと苦悩し、競争しあうことを望まない。
 ぼくたちは、社会から課せられた男の役割に合致した生き方をするように演技することは、男女関係においても社会関係においても、もうしたくない。ぼくたちは自らの感覚・感情・知性を閉じこめるのではなく、自然に経験し、それを表現したい。
 温かさと感受性、情緒、正直さを持って、他の男や女たちと人間的に結びつきたい。ぼくたちは、自己の周りにつくった壁を打ち壊すことによって他と感情・経験を共にし、男どうしの破壊的競争を終わりにし、女性と対等な関係をつくりたい。自分自身のためにも、他の男たちのためにも、また女たちのためにも、男自身が今、これらの失われていたものを回復し、男どうし互いに愛し、慈しみ、サポートすることが大切である。

引用元
barairo.net 『「あなた、オカマ、嫌い?」へのお誘い』
http://barairo.net/news/menfes/
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湯山玲子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%B1%B1%E7%8E%B2%E5%AD%90
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 二足歩行を始めた人類は、同時期に、脳の発達と言う宿命と出会ってしまいます。
 ただでさえ子連れの母親は狩りや採集にも、また、敵から逃げるのにも遅れをとってしまう。それが、二足歩行と、未熟なまま生まれて数年間面倒をみないと独り立ちできない赤ん坊を抱えてしまうんです。

 イブの時代。仲間の母親たちは次々に命を落したり、子どもを亡くしたりしました。

 そんな中で、命がけでイブが考えたこと。
 それが、男に子育てを手伝わせるという画期的な方法だったのです。
 餌を運ばせ自分たちを守らせる。
 ですが、男とて簡単には動きません。
 そのためにイブが考えついた手段が、イチジクの葉だったのです。

 イチジクの葉をはがすために、男たちはせっせとイブに贈り物をし、イブの周りに群がります。
 何としても、イチジクの葉の下を見たいのです。

 もてる男はイブなど相手にしませんでした。代わりはいくらでもいるのです。
 でも、その男たちの子どもは残りませんでした。
 イブとその仲間だけが子どもを残せるすべを手に入れたのです。

 このときから、文化における男と女の役割が決まってしまいました。
 イブの娘たちは、母からの教えを忠実に守りながら、更に、イチジクの葉に価値をつけていきました。どんどんどんどん・・・。
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女性が本当に求めている「男らしさ」の意味 - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2135532396065122901
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男らしさ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%95
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