実家に新年あいさつに行ったとき、四天王寺に初詣に行き、そのあと、あべのハルカス美術館に「新印象派展」を見に行った。
ポール・シニャック「サントロぺへの松林」
モネ、ルノワール、ゴッホ・・日本人が大好きな印象派。印象派の展覧会は山ほど開催されているが新印象派だけの単独展覧会は珍しい。 ところで新印象派は印象派とどう違うのか。展覧会のパンフにはこう書いてある。
【新印象派】
19世紀の終わりから20世紀初頭、革新的な表現を生み出したこの絵画運動は、印象派を継承しながら新たな挑戦を試みた。絵画における光と色の効果を追求し絵の具をまぜずにならべて置くことで画面に明るさと輝きをもたらそうとした点では印象派と共通しているが、新印象派の画家たちはさらにそれを科学理論に基づく点描によって成し遂げようとした。1886年パリで開かれた最後の印象派展が奇しくも彼らの劇的なデビューの場となる・・・・・
シニャック「クリシーのガスタンク」 スーラ「セーヌ川、クールプヴォワにて」
新印象派の代表的な画家は、ジョルジュ・スーラとポール・シニャック。この二人はすぐに名前が浮かぶが、他の画家(ヤン・トーロップ、テオ・ファン・レイセルベルヘ、アンリ・エドモン・クロス・・etc )はあまり聞いたことがない。実際前述の2人の作品は、印象派の展覧会でもよく見かけるので、印象派に属するとずっと思っていた。まぁマチス、ドランのフォービズムも、セザンヌやブラックのキュビズムも、もとは印象派を経て発展していったものだから、新印象派が印象派の画家から始まっているのは当然だが。
ドラン「コリウール港小舟」 ドラン「ウォータールー橋」
新印象派の画家たちが実際絵を描くときに用いたパレットも展示されていたが、色相図のように規則正しく絵の具が置かれていた。科学理論に基づいた色の配置を施すためには、基本のパレット作りが大事な要素だったのだろう。またそういう画法を実践するためにいろんなメディウムも開発されたようだ。今は色分解などPCが瞬時にやってくれるが。
【近づくと見えてくる光と色の秘密】
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色みの段階的な変化を円環で表した「色相環」のなかで正反対の位置にある色を補色という。(たとえば青とオレンジ 緑と赤は補色の関係。)補色どうしを組み合わせると目がチカチカするような不思議な視覚効果が生まれる。新印象派の画家たちはそこに注目した。
�∈�ぜずに並べる
絵の具は混ぜれば混ぜるほど濁ってくる。絵の明るさを保つためには絵の具を混ぜずに並べておくほうがよい。印象派の画家たちもそれを実践したが、色の関係をさらに科学的に研究し小さな点で描くことを考えだしたのが新印象派。
��仕上げは目の中で
カンバスに置かれた色の点々は、離れてみると目の中で作用し合ってより輝かしい色彩を生み出す。さらには画面が揺れ動く錯覚さえもたらす。新印象派の絵は目の中で完成するのだ。
ポール・シニャック「髪を結う女」 マクシミリアン・リュス「カマレの埠頭」
単色を混ぜずに並べて置くこと、目の中でそれらが作用しあうことは、テレビにおけるブラウン管の原理だ。印刷技術ではM・Y・C(マゼンダ/イエロー/シアン)の3色だけのかけあわせによって大概の色は再現できるし、ブラウン管はR・G・B(レッド/グリーン/イエロー)の3色の配置でカラー画面が再現できるのだ。最近の4Kテレビは、3原色のRGBに加え、MYCの補色を加えた6色「ヘキサクロマドライブ」方式で、より本物に忠実な色を再現している。
今回の新印象派展でのサプライズは、会場を出たところにジョルジュ・スーラの名作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」(シカコ美術館蔵)が飾られていたことだ。
しかしこれは本物ではない。関西在住の漫画家・武田秀雄氏が、スーラへのオマージュとして制作した作品で、絵の具を置く代わりにおびただしい数のまち針を刺して描いた渾身の点描画である。オリジナルと同じ大きさなので迫力満点。写真を撮ってはみたが実物のすごさが全然伝わらないのが残念だ。
「グランドジャッド島の日曜日の午後」は新印象派の代表作ともいえる巨大な絵だが、今回の展覧会ではそのベースとなった習作が各場面ごとに数点展示されていた。一つの絵にするまでの過程がよくみてとれる。スーラは緑黄色のドットの中に赤褐色のドットを計算づくで効果的に配置、色と光を巧みに表現した。
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