人によって欲の種類は千差万別。一体何が正しい欲で何が間違った欲なのか。
年ごろになったらいい人を見つけて結婚し子どもを産んで育てる、その子も年ごろになったら独立し結婚、孫が生まれ・・
それが普通の人の人生。では普通が正解なのか、普通の人生が間違いなく幸せか?という疑問。
結婚しない人、子どもを産まない人がこれほど多いのは社会の仕組みを変えれば解決、という単純なものではない。
今のところ普通の人がマジョリティー(多数派)なのだと思うが、普通でない人が多数派になる日はあるのか?
映画「正欲」Abnormal Desire(2023)
原作は第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウの同名ベストセラー小説
「あゝ、荒野」の監督・岸善幸&脚本家・港岳彦。岸善幸は現在公開中の「白鳥とコウモリ」の監督だ。
《あらすじ》
横浜に暮らす検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)は、不登校になった息子の教育方針をめぐり妻と衝突を繰り返している。広島のショッピングモールで契約社員として働きながら実家で代わり映えのない日々を過ごす桐生夏月(新垣結衣)は、中学の時に転校していった佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に戻ってきたことを知る。大学のダンスサークルに所属する諸橋大也(佐藤寛太)は準ミスターに選ばれるほどの容姿だが、心を誰にも開かずにいる。学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画した神戸八重子(東野絢香)は、大也のダンスサークルに出演を依頼する。(eiga.comより)
特殊なものに異常な愛着を持ってしまう〇〇フェチ、病的潔癖症 男性恐怖症、小児性愛、世間の目や親を安心させるための擬態夫婦(セックスレス)・・
現代はいろいろな人がいる。昔からいたのだろうが名称がなかっただけかも。LGBTQなどという名称も50年前にはなかった。
男女が親密になれば当然セックスすると思ってしまうのが普通の発想。その発想も見事に裏切られる。
生きづらいながらも世間に溶け込んで生きていこうとしているマイノリティー(少数派)。親も含め普通の人から距離を置き、普通でない人にやさしくない社会でひっそりと、同じ嗜好の人同士コミュニケーションをとってつながっている。彼らは特殊な性癖があるが無害である。彼らのコミュニティは普通の人には全く見えない。だから安心な居場所であり拠り所ではあるがどんな異常者が紛れ込んでいるかわからない危険も内包している。
インターネットSNSの発達によって同じ嗜好の人と出会える機会がふえたが、メリットばかりではない。見えないのは身を隠すのには好都合だが問題も発覚しにくい。
登場人物の中では、弁護士の寺井(稲垣吾郎)の反応が最も普通の人の視線を反映している。
彼の態度は合理的で一般論に根差しており悪意もない。でも自分とは違う人間を理解しようという姿勢に欠け残念に思ってしまう。
私は昔から変わってるとか変人とか言われることが多く、それならそれで開き直って「普通なんてつまらん」「人と同じことして安心する人生のどこがいいのか」と思ってきた。そして私のパートナーはごく普通の人で人と同じことして安心するタイプだ。なので単純でつまらないが社会生活する上ではバランスがとれている。
あ、どうせこういう反応するだろうなとわかるからである。普通の人の反応は読みやすい。
私がアブノーマル(普通でない人)を理解できるのは映画や小説のおかげと思う。正論が人を傷つけるという矛盾や普通の人(多数派)が正しいわけではないということが、多くの小説や映画のテーマだからだ。
たぶん映画や小説をあまり見ず狭い人間関係と価値観の中で長年生きてきた私のパートナーのような普通の人間は「正欲」をみて嫌悪感しか抱かないだろうなと思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する