NHK日曜美術館「長崎 祈りのかたち/ 被爆の記憶を刻む美」(8/16放送)まとめ
MCの坂本美雨が長崎を訪れてさまざまな祈りのかたちを探る。
長崎県立美術館

明坂尚子「記憶のはざま」
染色作家 原爆で母や兄弟を亡くす。被爆後遺症治療のため旧ソ連に。モスクワの工芸大学で染色技術学ぶ。東京で活動していたが50代のころ父の介護のため長崎に戻り、長崎での記憶をたどり鎮魂の作品を作った。

飛永頼節「レクイエム」
佐世保より学徒動員中被爆。レクイエムは晩年の作品。彼が到達した鎮魂の表現は抽象的。黄色は閃光の色 折り紙風の図形は、もはや人間のかたちがあとかたもなくなったあとの建物や影が、そこにいた人の存在を感じさせる。

池野清「樹骨」1960
原爆後遺症に苦しみ46歳で早逝した。
同郷の作家佐多稲子「樹影」のモデルになった。

浦上天主堂
信者たちが心血を注いで30年かけて建てた教会が20年後に原爆で破壊されてしまった。

築地重信(91)
当時10歳 原爆投下後、生き残った信者たちが瓦礫の教会に集った合同慰霊祭に参加した。
孤児となり職業を転々。語り部をする中で絵を描き始めたのは60過ぎてから。
倒壊した浦上天主堂は広島の原爆ドームのように保存されない、絵で原爆遺構残す。

被爆マリア像頭部
再建された浦上教会に祀られている

舟越保武 「26殉教者像」
明坂尚子「記憶のはざま」
飛永頼節「レクイエム」
池野清「樹骨」1960
体調が悪化し入院が決まった日にキャンバスに向かって渾身の想いで描き、退院後続きを描くつもりだったらしい。しかし彼はそのまま帰らぬ人となりこの画が未完のまま絶筆となった。雪景色の中なんとか立っている折れそうな枯れ木が背骨のようである。
築地重信(91)
原爆投下時10歳で、浦上天主堂の近くに住んでいた。
生き残った信者たちが瓦礫の教会に集った合同慰霊祭に参加した。
築地重信さんは、被爆後孤児となり職業を転々。語り部をする中で絵を描き始めたのは60過ぎてから。
倒壊した浦上天主堂は広島の原爆ドームのように保存されない、絵で原爆遺構残す。
被爆マリア像頭部
崩落した浦上天主堂のがれきの中から、神父が掘り起こしたマリア像の頭部。再建された浦上教会に祀られ、長崎鎮魂のシンボルとなっている。
長崎原爆資料館 丸木位里、丸木俊「原爆の図」
舟越保武 「二十六聖人殉教者像」 西坂の丘
豊臣秀吉の時代、キリシタン禁止令により捕縛され処刑された26人の殉教者をモチーフとした高さ5.6m、幅17mにも及ぶ26名の等身大の像。日本を代表する彫刻家舟越保武が4年の歳月をかけて作った。高村光太郎賞を受賞。
隣接するフェリペ・デ・ヘスス(聖フィリッポ)教会にはガウディの尖塔?設計は記念館と同じくガウディ研究の第一人者であった今井兼次氏によるもの。
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