NHK朝ドラ『ばけばけ』最終回。
「この世はスバラシイ、けどウラメシイ・・」
このキャッチコピーで始まったドラマがこの言葉で完結する。脚本家ふじきみつ彦のすばらしい起承転結。
物語の前半は、没落士族の娘松野トキ(�眄个△�り)の運命が悲惨すぎて彼女は一体どうなるのだろうと熱心に見ていたが、レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)と結ばれてからは貧乏生活から一転、玉の輿にのり彼の稼ぎで自分の両親ごと女中つきの大邸宅に住むようになる。ヘブンは東京帝国大学の英語教員という名誉職にまで上り詰め、子どももでき、幸せで穏やかな日々がつづく。退屈だ。
視聴者はまったく面白くない。人間は人の不幸が好きであり人の幸せをみせつけられるのが好きではないからだ。
でも最後の1週間の展開はなかなか面白かった。
【I’m not finished ! =終わりニンゲンナイ】
帝大の英語教授を解雇されたヘブンはそのことを家族に言えずにいた。出勤するふりをしてミルクホールで時間潰しの日々。義父の司之介(岡部たかし)だけがヘブンの異変に気付く。司之介は妻フミ(池脇千鶴)から「今日が何曜日かなんて貴方には関係ありませんもんね」と嫌味をいわれるような長い引退生活を送っている。ヘブンは自分の家族だけでなく妻の両親も女中も養っている。高給取りなのだが、コスパが悪いからと帝大の総長はガイジン教師を解雇したのだった。史実では、解雇された小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の後任として夏目漱石が帝大で雇われたらしい。
「ちょうどトキが生まれたころじゃった。武士の時代が終わっての。わしはこの世からもういらん、言われたような気持ちで、ただただ立ちつくしちょった。立ちつくすしかできんかった。自分はなーんも変わっちょらんのに、時代からこの世から『いらん』『古い』そげなこと言われるのは辛いもんでの。」
義父司之介は「今のヘブンは昨日のワシじゃ」と哀感をこめて言う。
「ワタシ、クビ。ワタシ古いイワレマシタ、ワタシカラモウ学ブ必要ナイ、イワレマシタ」とヘブン。
「ワタシ終わりニンゲン、ナイ!」
I’m not finished !
I'm not done yet・・苦悩するヘブン。
同じ気持ちを共有する義父とガイジンの娘婿。リストラやリタイアの悲哀は万国共通なんだなと思った。
ヘブンは日本滞在記がベストセラーになってからのち、これといったヒット作を出せずにいる。もう一度ベストセラーを書くという夢を持ちながら、家族を養うために大学の英語教師をしている。米国の新聞社で彼の支援をつづけるイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)は彼が再び文壇で名声を得ることができるように、フィリピン滞在記を書かないかと話を持ってくる。
フィリピンに家族は連れていけないし、単身でフィリピンに行ったら2-3年は現地に滞在することになる。彼は悩みに悩むが決定的だったのはトキに赤ちゃんができたことだった。天外孤独だった自分に家族ができさらに父親になるという人生最大の局面を迎え彼は、フィリピン行きを断る。
イライザは落胆し「He's finished=ヘブンはもう終わった」という世間の認識に抗えなくなったと感じていた。
家族を犠牲にしても仕事で名声を得るか、仕事より家族の幸せを選ぶか。この命題は人生のどこに価値を求めるかという点で現代でもなお人はその選択をせまられる。
もちろん現代なら家族も仕事も両立させ(ワークライフバランス)豊かな人生も成り立つかもしれないが、明治時代の日本で、ガイジンとして来日したヘブンが日本に帰化するということはすごい決断であったはずだ。
幼いころ親に捨てられたヘブン。天外孤独と自覚していた。アイルランドから米国に渡って新聞記者になり、日本に来てからも常に異邦人strangerであった。その彼が流浪の末にトキという女性と出会い家族を作った。幼いころ別れた母親への思慕はトキに投影され、彼はトキの中にやすらぎを見出した。肉親と縁がなかった彼にとって、代々の家というもの、家族や縁者との絆を誰よりも大切にする日本人の生き方に共感したのかもしれない。
彼は自分が求めつづけた家族愛を得て、その家族を養い守るために学校教員という嫌な仕事をしながら執筆活動をつづけた。が、リストラされ東京帝国大学の英語教員をクビになってしまう。
大黒柱のヘブンに稼ぎがなくなったら家族はどうやって生きていくのだ?
ところがトキは生来ポジティブなのだ。「教員の仕事がなくなって、これであなたも執筆活動に専念できるではありませんか」失業してラッキーだというのだ。
(こういう嫁さん、いいよね!何度もどん底を味わっているから強い!)
ヘブンはトキの言葉に励まされ、トキと出会ったころから自分がもっとも興味をもっていた、霊を信じる日本の風習や文化について、セツに協力してもらいながら「KWAIDAN」を書き上げる。トキはヘブンのミューズだったのだ。
そしてその原稿を米国新聞社のイライザの元に送る。
「ヘブン、長い間待たされたけどついに名作を書き上げたのね」と期待に胸ふくらませその原稿を詠んだイライザの顔がくもる。
「なんだこれは!こんなの文芸作品じゃない!ただの子供だましの日本の民話集じゃないの」
やがてヘブン宅に米国で出版された「KWAIDAN」が送られてきた。立派な装丁である。イライザからは「売れてない」と添え書きが。
ヘブンはそのことを家族には言わなかった(言えなかった)。
その後ほどなくしてヘブンは狭心症で亡くなる。もう自分は余命いくばくもないとわかっており、家族との日々を大切に生きた。
彼が亡くなってしばらくしてから、米国からイライザが弔問にくる。
彼の遺作「KWAIDAN」が米国でベストセラーになっていると信じ切っているトキたちに、「こんな子供じみた民話集のどこがベストセラーか!」「もう終わったと世間に言われていたヘブンを私は最後まで弁護して、名作を書くよう助言してきた」「フィリピンに行って滞在記を書く話も打診した。チャンスだった。それなのに彼はそれらを全部反故にしてこんな(子どもでも読める)しょーもない本を最後に残して死んでしまった」「本当に情けない」とさんざんな言葉を残して去る。
トキはショックで寝込んでしまう。
彼がベストセラー作家になれなかったのは、私が彼を縛っていたせいだ、彼の最期を台無しにしたのは私だとトキは後悔に苛まれる。
たしかに家族のしがらみがなければ、イライザの依頼を断らずフィリピンに行って滞在記を書いていただろう。日本滞在記がベストセラーになったように次作のフィリピン滞在記もベストセラーになったかもしれない。
彼は悩んだ。再びヒット作を生み出すチャンスがあったのに家族を選んだ。
彼が帰化を申請するとき彼の親友でリテラリー・アシスタントの錦織友一(吉沢亮)は賛成しなかった。彼が日本人になるということは、もう自由に出国できない、アメリカ人としてベストセラー作家になる道も閉ざされるということだからだ。
しかしそれでも彼は日本人になることを選んだ。
ヘブンの価値観は独特で常人には測れない。そもそも松江から熊本、(神戸)、東京に転居しても必ずトキの家族が一緒についてくる。それを嫌がらないところがまず個人主義・プライバシー重視の欧米的ではない。
この欧米的でないことが実はストレスの積み重ねとなって彼の寿命をちぢめていたのではないかとも思う。それが彼が望んだことなのだから仕方ないが。
最後こんな悲しい展開(「KWAIDAN」は全然売れなかった)で終わってしまうの?と心配していたが・・
最終回は、よい終わり方だった。
他愛のない夫婦の毎日をぽつりぽつりと語りだすトキ
蚊がぶ〜んと飛んできてトキの腕を刺す。かつてヘブンは生まれ変わったら何になりたいかと聞かれ「蚊になりたい」と語っていた。トキはかゆくておかしくて、ヘブンが蚊になって自分を刺しにきてくれたのだと涙がとまらない。
後世、小泉八雲の妻セツは彼との回顧録「思ひ出の記」を出しているが、それは口述筆記で書かれたそうだ。それを彷彿とさせる最後だった。
「トキが語った言葉は『思ひ出の記』という一冊の本になった」
「『KWAIDAN』は彼らの死後、世界中でベストセラーとなった」とテロップが流れる。
ハンバートハンバートの主題歌『泣いたり笑ったり』が流れ、写真家・川島小鳥が撮ったキービジュアルとともに今までの名シーンが走馬灯のように流れる。
人生は泣き笑いだね。
最後は、例の、くらーい部屋でロウソクをともし臨場感たっぷりにトキがヘブンに怪談を語り聞かせるシーンだ。
「これがわたしトキの話でございます」
「ママさん・・スバラシイ」
「パパさん、お散歩いきましょうか」
「はい」
二人で退出。
いったん退出した部屋に再び戻りトキが蝋燭を吹き消して FIN
余韻として・・・ひそひそ声で
「どこに行きましょうか」
「お寺?」
「スキップしましょうか」・・
ラッタタッタタッタ♪(スキップする拍子音) fade out
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