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2024年12月01日01:01

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「地獄から帰ってきたところ、言っとくけど、素晴らしかったわ」ルイーズ・ブルジョワ展

ルイーズ・ブルジョワ
パリの郊外でタペストリーの修理をする工房を経営する家庭で育つ。
ソルボンヌ大学で数学を学んだが美術の道を志し、エコール・デ・ボザールを含むいくつかの美術学校で学び、フェルナン・レジェのアシスタントとなる。
1938年に、アメリカ人の美術史家ロバート・ゴールドウォーター(1907-1973)と結婚し、ニューヨークに移住。
自身の少女時代からインスピレーションを受けたフェミニズム・アート作品が多い。

ルイーズ・ブルジョワにはもともと興味があったが、彼女の作品はほとんど見たことがない。彼女は98歳まで生きたというのでつい最近まで制作をしていたらしい。

私は1981-1982の夏、卒論のネタを仕入れる目的もかねてNYを訪れている。当然現代アートの中心地、MOMAやグッゲンハイム、ホイットニー美術館にも行ったが、その年(1982)ルイーズ・ブルジョワは72歳、MOMAで本格的な展覧会を開いていたという。なんだか不思議な縁を感じた。その個展を機にブルジョワは再評価されるようになったらしい。

彼女の代表作、蜘蛛の彫刻 
六本木ヒルズの森タワー前の広場に設置されている巨大な蜘蛛のモニュメント「ママン」は、ルイーズ・ブルジョワの作品である。胴体はブロンズで、卵は大理石でできている。



◆第1章 私を見捨てないで Do not abandon me

ルイーズ・ブルジョワは生涯を通じて見捨てられることを強く恐れていた。特にその恐怖は1932年に亡くなった母親に対するものだった。
「私の彫刻はわたしの身体であり私の身体は私の彫刻である。」と、彼女が
宣言するように作品にたびたび登場する身体の断片は、自身が抱える精神不安定と精神分裂への恐怖を象徴している。他方で本章の作品群には、子どもをいつくしみ育てる母親、子どものために敵と対峙する強い母親のみならず、子どもを放置し傷つける母親など「母性の多面性」がみられる。
ブルジョワは晩年に制作した作品でも、母親を必要とする幼児と自身を重ね合わせている。

※写真(左)
The Reticent Child  「無口な子」 2003
1941年に生まれた3人目の息子アランを題材とした作品。
「生まれてくるのを拒んだ子がいる。彼の誕生はかなり遅れた。胎内から世界に出ようとしなかったのは彼になにか原因があったからなのか?
この拒みによってこの子の成長感情や行動はどれだけ決められてしまったのだろうか?この子はどのようにして未来に立ち向かうのだろうか?恥ずかしがりやになるのか?沈黙を守るようになるのか?不器用か、それとも敵意をむき出しにするのか?彼は無口な子だ。彼は引っ込み思案だった。だけど私は彼を見つけることができた。」
本作では布や大理石でできた6体の小さな彫刻を通してブルジョワの妊娠とアランの誕生から少年期までの成長を表現している。
出産時の体験を通じてアランの個性を追想しつつも寡黙な我が子とのコミュニケーションに悩んだ思い出がこめられている。
また、各彫刻を映し歪んだイメージを生み出す凹んだ鏡は作品全体に演劇的な高架をもたらしながら記憶の不確実性を暗示している。

The Couple 「カップル」2003
カップルはブルジョワにとって重要な主題のひとつである。愛情や性的関心、誘惑、わだかまり、依存することの恐れと大切な人を失うことへの恐怖など、二者間の感情を表現した作品が多く制作された。
本作ではアルミニウムで鋳造されたらせん状の二つの体が天井から不安定な様子でぶら下がりながら抱き合いひとつになる。
「らせんは混乱を制御する試みである」とブルジョワが語るように、お互いが作り出す渦に引き込まれながらも支え合うことで、様々な感情で揺れ動く心を落ち着かせようとしているのかもしれない。

「胸と刃」 1991
自身の家族を象徴する5つの乳房が風景のように連なるフォルムとナイフを仕込んだ背面。
この象徴化された女性像は豊潤な大地を想起させると同時に危害から身を守ろうとする真理がファルスのような刃から伝わってくる。
ブルジョワは「ナイフの女」のモチーフを繰り返し描くことで男らしさと女らしさの境界線を曖昧にすることを試みた。
養い育てる力だけでなく他者に害を与えてでも無防備な我が子を守ろうとする母性愛の暴力的側面をほのめかせている。

※写真(中)
Arch of Hysteria「ヒステリーのアーチ」1993
頭部のない男の身体が弧を描くように反り返っている。
モデルは1980年から2010年にブルジョワが亡くなるまで助手として公私をささえたジェリー・ゴロヴォイで、このブロンズ像は18世紀フランスの神経科医ジャン・マルタン・シャルコー(1925−1893)が研究対象としたヒステリーを題材としている。
シャルコーは長年女性の病とされていたヒステリーを男性も罹患する精神病であることを明らかにした。
ブルジョワは「美しい青年の背中をそらせた無理な姿勢」の彫刻を作ることでヒステリーを起こすのは女性だけという固定観念を覆した。
本作は無意識下にある精神的緊張のエネルギーが解放される様子を神体の動きとして提示している。


◆第2章 地獄から帰ってきたところ

ブルジョワの不安定な心理状態と幼いころから父に抱いていた拒絶感を表現した作品をとりあげている。
ブルジョワは家族に対して支配的で人を操るような態度で接する父親に対して強い嫌悪感を抱く一方で、愛し愛されたいと求めてしまう、自分の中の相反した感情に苦悩し解決できない執着を抱いていた。
父親と住み込みの家庭教師との不貞行為を知ったときブルジョワはそれを裏切り行為とみなした。
そして慢性病の母親の介護をしたことで経験した「母親の役割の逆転」によって、この矛盾した父への感情はさらに複雑化し、ブルジョワにとって永続的なトラウマの原因になったのだ。
1951年父親が亡くなったことで深刻なうつ病になり、数年間にわたり作品の制作を中断した。
ブルジョワは精神分析に救いを求め、1952年から1966年まで集中的に取り組む。
その経験から父親に対する複雑な感情や他者との不安定な人間関係が作品の多くに影響を及ぼしていることに気づく。
これらは罪悪感・嫉妬・自殺行動・殺意や敵意・不安を生み出す多様な原因の発見にもつながった。


「無題」(地獄から帰ってきたところ)1996
ブルジョワは19901年代半ばから自身が身に着けてきた衣服や布を使った作品の制作に着手。
本作は1973年に亡くなった夫のロバート・ゴールドウォーターが使っていたハンカチに文字を刺繍したもので、ブルジョワは家族の衣類、タオル、ベッドシーツ、その他の生活雑貨とともに、このハンカチも大切に保管していた。
この頃からブルジョワはしばしば日記や所感から言葉やフレーズを見つけて作品に採り入れ始めた。
刺繍されたこの言葉は1996年2月12日に日記に書かれていたもの。
ブルジョワは2つの世界大戦、大切な人々との死別、途方もなく続いたうつ病、自己否定、孤独の感情など度重なる逆境を生き抜いた。
地獄を「素晴しかったわ」とするブラックユーモアを交えた言葉は苦しみをかかえながらも立ちなおり、生き抜いたブルジョワの強靭な心を表現している。


◆第3章 青空の修復

晩年作品においてブルジョワは家族の親しかった人々との良い関係を求め、心を解放する方法を探していた。
布を縫い合わせることは別れ捨てられる恐怖を克服することを意味する。
そうした作品を通して自分の大切な思い出が永遠に残ることを望んでいたのだ。

※写真(右)
SPIDER 「蜘蛛」 1997
ブルジョワは1990年代半ばから2000年代後半にかけて蜘蛛のモチーフで繰り返し作品を制作している。
一連の蜘蛛の大型ブロンズ彫刻は彼女のもっとも代表的な作品として知られている。
本作では蜘蛛は腹部にナイロンストッキングに包まれた3つのガラスの卵を抱え檻のような部屋を守るように長い脚を広げている。
囲いの壁や中央の椅子にはタペストリーが施され、その他にもメダリオン、止まった時計、ペンダント、ロケット、愛用していたゲランの香水シャリマーの瓶などブルジョワの身の回りの品々が並べられ失われた時への回想に誘う。
蜘蛛はタペストリー修復工房を営んでいた母の象徴であり、また自身の体内から様々な感情を糸のように引き出しながら作品を作るブルジョワ自身でもあるのだ。


◆第4章 無意識の風景 1960年代の彫刻

父の死後精神分析に専念していたブルジョワが創作活動の休止状態から徐々に抜け出し本格的に制作を再開した1960年代の作品に焦点をあてている。
ブルジョワが1940年代に制作した数多くの「人物像」シリーズに見られる垂直性は1960年代に入ると水平フォルムや内部空間をもつ構造にとって代わられる。
制作の手法も木彫から樹脂・石膏・ラテックスなどのやわらかい素材を使った流し込みや造形に移行し人体描写はますます抽象的になっていった。
「トルソー 自画像」(1963−1964)でみられる生物形態と、人体における対称性の融合はここで紹介されている1940年代のブルジョワの自画像にも通じている。
またブルジョワは1960年代の彫刻作品のいくつかを「隠れ家」と表現した。
1962年の同名の作品を含む巣穴か巣のような彫刻は、隠れ家が持つ保護と束縛の両方の性質を想起させる。
1960年代後半から1970年代初頭にかけて大理石やブロンズの彫刻、ドローイング群は再び上方にむかって伸び、身体や風景を連想させる形態の反復を見せ始めた。

つづく
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