友人と四条河原町で待ち合わせ初夏の京都で川床イタリアン。主に親の介護と自身の老化の話(ときどき嫁婿孫の話)に終始する。その後、京都京セラ美術館へ。新館東山キューブで森村泰昌展を観た。
森村泰昌 ワタシの迷宮劇場
京都京セラ美術館新館 東山キューブ
日本を代表する現代芸術家・森村泰昌(1951年大阪生まれ)は、美術史における名画の登場人物、女優に扮するセルフポートレートを制作することをライフワークとし、ジェンダーや人種を含んだ個人のアイデンティティーの多重性を視覚化し個人史と歴史の交錯点を表現してきた。何者かに成り代わることで自己を解体し一個人における複数の顔を露呈する森村の表現はスマホの進化やSNSの普及によって身近になった「自撮り」とは似て非なるものだ。
本展は1984年から撮影され森村の制作の原点となった800枚を超える私的かつ実験的なインスタント写真を軸に森村が一貫して探究する「ワタシとはなにか」に立ち返る迷路のような展示は、以下4つのテーマで構成される。
��M式写真回廊
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私は森村泰昌の主な展覧会は、10年以上前から何度も観てきた。今回の「ワタシの迷宮劇場」は今までの中では一番つまらなかった。会場にはいくつも入り口があり展示は始まりも終わりもよくわからない。カーテンのようなもので可働式の曲線状の壁を作ってそこに写真が並べられている。迷路(ラビリンス)を演出しているのだろう。作品と呼べるのは映像作品くらいであとは同じサイズにプリントされた写真がずらーっと並んでいるだけ。
彼が作品を作るときに試行錯誤している過程を連続写真で撮ってあるものもあった。が、これは彼が今までどんな作品を作ってきたか、また彼がセルフポートレートシリーズでとりあげた原本の絵や写真を知らない人が見てもなにもわからない。誰でもわかるのはマリリンモンローやチャップリンやアインシュタインくらいだろうか。みんなカラバッジョなんか知らんしね。
声の劇場は、観覧の際時間指定券をもらって観客はその時間になると集められ円座になってすわる。4畳半ほどの畳台座の中央に香炉が置かれてあり、そこにみんなの視線が集まるようになっている。全員が着席したところで照明が落とされ上演開始。香炉にスポットライトがあたったり、消えたり、レーザーがあたったりしながら、森村氏本人の語り(大阪弁)で朗読劇がはじまる。朗読劇はこんなストーリーだった。
ボクが学生のとき主宰していた文芸サークルのメンバーが失踪したことがあった。ボクは書斎で本を開いたとき当時の記憶メモを見つけた。彼を捜して彼の下宿に行くと古いラジカセに自分の声を録音し残してあった。自分が付き合っていた女が月光院というところに出家してしまったので女を追って自分も月光院へ行くと。ボクが月光院に着くと尼僧が現れその女はたしかにここにいる。そしてその女を追ってきた男は私たちが食べてしまったという。尼僧は白蛇の化身であり、本堂に招き入れられた男は全裸にされ尼僧に襲われたのだった。彼女のワギナは顔になっており、その顔が男のペニスを飲み込んで男は殺されてしまった・・
書斎を訪れた友人にこの都市伝説のような話をすると、その友人は笑いながら「月光院というのは寺の名ではなく深夜喫茶の名前だよ」と言って帰っていった。そういえば昔は一晩中営業している深夜喫茶などというものがあったなとボクは思うのであった。
森村泰昌資料:
森村泰昌「なにものかへのレクイエム」展 兵庫県立美術館 2011年
「オリジナルを知ってないとこの作品の面白さ・すごさはわからない」
森村は「なにものかになる」という表現スタイルを確立した1985年肖像ゴッホ以降美術史を彩る数々の名画を身にまとってきた。
マネ、レンブラント、ベラスケス、セザンヌ、ブリューゲル、ゴヤ、ミレー、レオナルド・ダビンチ、フェルメール世界の巨匠たちの名画への潜入である。こうした作品の遍歴はまさに美術史における世界旅行にたとえることができるだろう。1996年には名画のみならず世界の名だたる女優たちに変身し、2001年にはメキシコの画家フリーダカーロの激しい情熱的な作品にも扮していく。この作家の「放浪の旅」は内容も範囲もますますエスカレートしているのだ。2006年、こうした世界の美をまとう「放浪の旅」に大きな転機が訪れる。ゴッホへの潜入からおよそ20年ぶりに森村は日本への帰還を果たしたのだ。きっかけは森村が敬愛してやまない三島由紀夫をモチーフにした作品への取り組みで1970年11月25日、陸上自衛隊市谷駐屯地で自決寸前に演説するあの日の三島由紀夫に扮したのである。西欧ではなく日本、女ではなく男、虚構ではなく現実の出来事への潜入を決行したのだ。
三島をモチーフにした作品を基点(起点)とする新しいシリーズ「なにものかへのレクイエム」を積極的に展開していくのである。「三島に入り込むことができたからレーニンにもヒトラーにもなれた」と森村はいう。
「なにものかへのレクイエム」は大きな4つの章立てで構成されていく。
第一章は、右翼の青年に刺殺された浅沼稲次郎社会党委員長や、連行中の射殺されたケネディ大統領暗殺容疑者オズワルドなど、1960〜70年に世界のメディアでとりあげられたテロや暗殺の場面。
第二章では、レーニン、トロツキー、アインシュタイン、ヒトラー、ゲバラ、毛沢東など、世界史の巨人のポートレイト。
第三章は、ピカソ、ダリ、藤田嗣治、アンディ・ウォーホルなど20世紀を代表とする芸術家のポートレイト。
1945年太平洋戦争終戦時に撮影された世界的に知られる報道写真。いずれの作品も「三島由紀夫から導かれる重要なトピックス(例えばカリスマ偶像芸術家革命アジテーション敗戦など)となんらかの形で共振するものがあるだろう。いわば三島は「なにものかへのレクイエム」シリーズの優れた「ハブ空港」として機能しているのだ。
シリーズにおいて、1970年の三島事件をモチーフにした作品がプロローグならエピローグは第二次世界大戦末期日米両軍の激戦地となった硫黄島をテーマにした製作である。「1945年アメリカ海兵隊が硫黄島に上陸、すり鉢山に星条旗を掲げる」という有名な報道写真に触発され、そこから想像力をふくらませて独自の写真と映像作品を制作した。このよく知られた硫黄島の写真に森村がインスパイアされたもの、それは「あなたならどんな旗を立てますか」という問いであった。21世紀に生きる私にとって何が戦場でその頂上にあげる旗とは何なのか。こうした私個人への問いかけを出発点にして森村は制作を開始する。特にこの映像作品では念入りなロケハンを実施するとともに数日間にわたる御前崎海岸での屋外撮影、草月ホール数百人のエキスちらを集めて撮影を行うなど、過去の森村作品にはないスケールで製作をすすめられた。また、これまでの森村作品には「もしも写真が動いたら」「もしも絵画が動いたら」という仮定のもと、
冒頭森村ふんするマリリンが大観衆の前でピアノを演奏している。演奏するのは赤いベーゼンドルファー。それは実験芸術の拠点であった草月アートセンターにて、武満徹、ジョン・ケージ、ヨーゼフ・ボイス、高橋悠治など名だたる表現者が演奏したいわば日本の戦後芸術とともに生き残ってきたピアノである。やがてマリリンは楽屋でかつらをとり、メイクを落とし、戦闘服を着た男性日本兵への変身する。場面は激しい波が打ち寄せる美しい海岸へとかわり、森村扮する日本兵が古い運搬用自転車を押しながらよたよた歩いている。途中マリリンと奇遇する。マリリンが脱ぎ捨てた砂上の白いドレスが突然真っ赤に染まるなど不思議な出来事を経て彼はマリリンから純白の布を授かることとなる。日本兵が再び歩き出すと5人のアメリカ兵に出くわす。銃口をつきつけられるも日本兵が両手で掲げた白い旗、そして自転車の荷台に載せていた芸術に関する道具を介して和解する。そして長い竿に表現や芸術のための道具や材料をくくりつけ兵士全員行軍をはじめる。その場面は青木繁の有名な絵画の「海の幸」を彷彿とさせる。彼らはそのまま丘陵地帯を抜け山の頂上に到着。山のてっぺんに自分たちのアイデンティティを示す旗を立てるのである。象徴的な夕日をバックに森村のナレーションが流れる。
「私たちは戦場の頂上に旗を掲げます。意気揚々たる、勝ち誇る旗ではありません、
一枚のうすっぺらな画用紙、平々凡々たるキャンバス、私の旗は白い旗です。」
戦場の頂上にあなたはどんな旗をたてますか。この問いに対する森村が出した答えは白い旗であった。白く無地であるということはなにものにも帰属しないということ、無垢純粋であること、神聖なもの、そして可能性と始まりの象徴なのだ。それは彼にとって芸術の旗だという。さらに白旗は戦意のないこと、敗者であることを明示するものでもある。そもそも芸術は強大な権力や武力の後ろ盾などを有するものではない。はじめから降伏状態だ。しかし強固な個人的ヴィジョンで創造された芸術はイデオロギーや国家、宗教、言語、文化の違いを超えて新しい価値観を問いかけることができるという。森村の強い信念と願いがこの旗にこめられていよう。
政治活動でもない、政治学でもない、戦争論でもない、憲法9条の是非が問題なのでもない、すべては「私」個人への問いかけである。そして、この「私」的な問いが芸術表現として世に示されたとき「私」の問題が「あなた」の問題につながっていてほしい。
三島から硫黄島へと至る「なにものかへのレクイエム」の旅。20世紀を舞台とする巡礼の旅をおえた森村は次にどこへと出発するのだろうか。
【烈火の季節】
三島が自ら被写体となった細江英公の「薔薇刑」(1963年)肉体に求めた美とナルシズムを凝縮させている。
右翼学生による浅沼暗殺の瞬間はカメラマン長尾靖が写真におさめ日本人初のピューリツアー賞受賞した。報道写真は20世紀を語る衝撃的な殺害暗殺の瞬間をとらえてきた。同じくピューリッツアー賞受賞作となった「サイゴンでの処刑」「オズワルド」など。こうした至近距離での男たちの思想と肉体のぶつかり合いをとらえた写真に森村は芸術家としての解釈を大胆にかつ自由にくわえ社会的な意味の再考を私たちに促している。
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