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地球伝承 〜 古代から未来へ 〜コミュの老荘思想と日本の山岳宗教、蜃気楼からの考察 

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私の個人日記、2007年08月21日「鳥海山、再登」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=536939278&owner_id=386027への書き込みが、
宗教文化論的にエンドレスになってきましたので、ここに編集して転載します。
このコミュの発端が、約1年前、東北の鳥海山の古代信仰をめぐるAKKIY氏とのやりとりでしたので、原点に立ち返り、1周年のトピックということになります。

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▽AKKIY
ニギハヤヒとの邂逅はありませんでしたでしょうか。
鳥海山、蛙の話題というと1年がたったことを感じます。


▽Dr.TOM
そうですね。早かったような、長かったような1年でありました。
本日、このめでたき一周年を迎えまして、新たなる希望を胸に、一歩一歩、進んでいく決意でございます。
一同、キリ〜〜ツッexclamation ×2  斉唱exclamation ×2
るんるんあお〜げば〜、とお〜とし〜、ニギハヤヒの恩〜ムード


▽AKKIY
 ところで、鳥海山では、霊的な体験には遭遇しなかったのでしょうか。もし遭遇されたのであれば、お話をうかがいたく。


▽Dr.TOM
う〜ん。今回、現実に登頂できるようにと、そちらのほうばかりに意識のアンテナが向いてたので、もろに霊的と言えるような体験はなかったですね。滝行してたら、また違っていたかな?
霊験が目的(執着)のようになって、求めれば得られるというのも、道が違いますけどね。

一部の情報によると、饒速日の封印はすでに解かれている、とも聞きます。でも、解かれる度合いというのもある気がして、この世に影響を及ぼすほど解かれるには、まだまだな気もします。
多少なりとも、そのへんの加速スイッチとなりうる感度を持った人々が、あちこちで召集されているかもしれません。妻が執着するのも、本人は気づかず突き動かされているのかもしれません。私があまりガンガンに出て行くほうではないので、引っ張り出すために。

▽Dr.TOM
あ、霊的体験というのかどうかわからないけど、ひとつ思い出しました。

泊まった旅館で、翌日の朝食バイキングの時。海の見える窓際の席で食べていると、海上のはるか高みに、くっきりと山並が見えるのです。実際には山ではなくて、薄い群青色の雲の造形らしいのですが、巨大で広大で、本当に山の稜線に見えて、何度も目をパチクリしました。(霊視というようなものではなく、肉眼で誰にでも見えるものです。でも、私が指摘するまで、妻は気づきませんでした)
本当にそこに山脈があるとしたら、エベレスト級に高いはずです。凄い高次元の何かが、そこに投影されているような気がして、一瞬、ゾクッときました。
5分くらいで、それは徐々に霧散していきました。

そう言えば、以前、一度だけ似た体験があります。
母と丹沢の大山に行ったとき、女坂を降りてくる途中、霧のかたまりが斜面を吹き上げてくる形が、あたかも何体もの竜が這い登ってくるように見えたので、崖の草薮に立って祝詞をあげました。
その後、中腹のレストランで蕎麦を食べて休んでいると、先ほどの方向に、やはり実際の山並の倍以上はある高度に、くっきりと山影が見えました。
今回の日本海上空のものは、その時よりも高度が高く、雄大でした。

あれは雲の造形にしては範囲が広大すぎるので、一種の自然現象によるイリュージョンなのでしょうか。上空の大気をスクリーンとして、反対側の稜線を反射して映し出すような??
それにしてもめったにあることではないので、なかなかのインパクトでした。

昔はよく行く先々で祝詞をあげるべく、祝詞集を携帯していたのだけど、ここのところそういう行とは遠ざかっていました。霊場に行くときには、やったほうがいいのかもしれませんね。


▽AKKIY
雲の造形ですが、中国でいうところの海市、山市ではないでしょうか。

 一種の蜃気楼ですが、山東半島が有名です。

日本では富山が有名です。

 事代主命と雄略天皇の出会いも一種の蜃気楼ではないか、いう説もあるようですので、建物ばかりでなく人物も蜃気楼になりうるようです。

 ヒギハヤヒとの遭遇も時間の問題ではないでしょうか。

(ご参考)
一言主神社 (ひとことぬしじんじゃ) 御所市森脇432

祭神は葛城之一言主大神、幼武尊(ワカタケ)である。一言だけ願いを聞いてくれると現在でも人気がある。全国の一言主神社の総本社。雄略朝で一言主を祀ることを禁じられたこと、奈良時代に禁令が解けたこと、その頃、鴨氏の流れをくむ「役小角」が活躍したことなど興味深い。一言主神はもともと葛城山神の顕現したもので、蘇我氏や渡来系の高宮村主に祀られていた。一言主神が役小角に呪縛された伝承は、蘇我宗本家の滅亡にともなう一言主信仰の衰退過程に形成され、一言主神の神格にも天武朝ごろから神仙思想による修飾が加えられたとする論考(和田萃「葛城古道に鴨氏の神を追う」)がある。

古事記には雄略天皇と一言主神との出会い場面がある。雄略天皇一行が葛城山に狩に入ったとき、一行と全く同じ規模・姿・衣装の一行が山を越えていくのを見かけた。咎めると、「われは善い事にも一言、悪いことにも一言を言い放つ言霊をもつ葛城の大神」と応えたので、雄略天皇は無礼を詫び衣服を献上した。一言主神は喜び、天皇一行の帰りを見送ったという。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~mt2000/asukanara01.htm


▽Dr.TOM
海市、山市という言葉は、初めて知りました。街市というのもあるんでしょうか? 荒れ野や墓場の中に、あるはずのないネオン街が見えたとか……。昔はそういうの、狐や狸にばかされたと言ったんでしょうね。

自分の守護霊や本体霊に遭う、幻視する、ということもあるような気がします。一言主の場合はそのケースかな。
オオクニヌシが自身の和魂・幸魂と名乗る、波上に浮かぶオオモノヌシに遭遇するのも、そのケースかと。


▽AKKIY
中国では、蜃気楼を500年経過した大はまぐりの吐気によるものと考えたようです。建物のみならず鬼神も登場するところが、中国的です。
 一方、オオモノヌシを大いなる神とかんがえれば蜃気楼は神が登場する場面にふさわしいおのといえるのではないでしょうか。 

           「海市」、「湖市」および「山市」
中国古代のひとびとは、蜃気楼を大きな蜃(はまぐり)が口から吐き出した気によって現われるものと考えた。蜃ははまぐり、あかがい、しおふき、かきなど海貝を一般にさすが、正確には大はまぐりをいう。・・・さらにこの蜃は、単なる大はまぐりではなしに、もともとは鳥である、いうから話は複雑である。黄雀(すずめの一種、ニュナイスズメ)は秋になると蛤に姿をかえて冬を越し、翌春になると再び雀に戻る。このようにして500年経つと蜃になる、ということになっていた。
 大はまぐりの吐気が空中にかたち作るとされた幻は、海上は勿論のこととして、内陸の湖辺や山地、砂漠にも出現する。さきに紹介した「海市蜃楼」は略して「海市」とよばれ、もっぱら海上に現われるものをさすが、湖辺のそれは「湖市」、内陸部の山地や砂漠のものは「山市」とよんで区別する。
(「龍あらわる」P 138 西村康彦 著 文藝春秋社)

            欧陽脩のみた山東省の「海市」
「登州(山東省)の海上に、時として雲気が生じて壮麗な宮殿や台観、城郭があらわれ、人物や車馬のこまごました部分までが明らかに見えることがある。
これを『海市』とよび、蛟蜃(みずちと大はまぐり)の吐気が為すところであるともいう。しかし、これは疑問とするところである。
かつて、欧陽脩が河北への使節として高唐県(山東省)を通った時、その旅舎で夜間に鬼神が天空を通過するのを見たという記録がある。車馬の音、ひとや動物の声なども明確に聞きとれたという。その記述はきわめて詳細明確である。このことを古老にたしかめると、『二十年ほど以前、昼間この地を通ったとき天空にくっきりと人物の姿がみえた。土地のひとびとはこれを「海市」とよんでいたが、登州のそれとおおむね同類のものであろう』とのことであった」(『夢渓筆談』異事*)
*宋時代を代表する碩学の文学者、科学技術者、芸術、歴史など多方面にわたる考察を残した沈括(1030〜94)の著作
(「龍あらわる」P 139 西村康彦 著 文藝春秋社)

コメント(6)

▽Dr.TOM
大はまぐりの話は、いかにも古代中国的な奇想天外なファンタジーだなと思っていたら、今夜(8/26)のNHK『ダーウィンが来た!生きもの新伝説』で「パラオの海?世界最大の貝、煙を噴く!」というのをやっていて、思わず目が点になりました。
http://www.nhk.or.jp/darwin/program/program067.html
これは重さ300キロ以上にもなるオオシャコ貝が、しかも集団で、水中で勢いよく“煙”を噴き出す映像を紹介したものです。“煙”の実態は精子で、あたり一面、精子の“煙”にしてから後、卵子を放出するという、オオシャコ貝の産卵活動なのでした。

ところで、ランプを擦ると出てくるアラビアンナイトのランプの精は、自慰行為にまつわる誇大妄想の空想世界を象徴しているのだ、という“おピンクな”説をどこかで聞いた覚えがありますが、貝の“煙”と妙にイメージがダブります。
もうひとつ象徴的なのは、このオオシャコ貝の主食が水中に差し込む太陽の光であり、貝の内側に寄生している海中植物の光合成を通してカルシウムを補給しているとのことでした。光の反射現象が、蜃気楼の基本原理であることと考え合わせると、これも絶妙の比喩ではありませんか?
とすると、黄雀や雀の変身伝説も、何か根拠があったのでしょうか??

うう、なんでこう学問な話になってしまうんだろう……。


▽AKKIY
 オオシャコ貝は南方の貝ですが、温暖化寒冷化の繰り返しにおいては、現在の北方にもオオシャコ貝が生息したでしょうから、貝・煙・蜃気楼の連鎖が南方以外にもありえると思われます。

 ただ個人的には貝は、オスよりも子安貝、貝合わせのように女性的なイメージが強いのでは、と思っています。(山伏のほら貝は、男性的なイメージに近いのでかならずしも貝が全て女性的イメージとはいえませんが。)

 オオシャコ貝は、サルタヒコがはさまれて水死した貝ともいわれてますので、日本でも身近な存在です。一方蜃気楼は富山でも有名ですが、中国のように貝と蜃気楼とがむすびつかないのは、日中における想像力の違いでしょうか。

 一方、荘子には、大魚(鯤)が大鳥(鵬)となる、といった説話があります。鳥がはまぐりになる、という説話を生む背景に荘子(老荘思想)にはあるようにも思います。

 http://www001.upp.so-net.ne.jp/tomiyan/kotenpage8.htm

 なお、一事主神と雄略天皇の出会いも蜃気楼以外に諸説あるので、(自分の守護霊や本体霊を含めた)幻視説およびニギハヤヒ等の末裔にあたる子孫によるヤマト王朝である天皇家への勢力誇示説ならびに蜃気楼説があったと記憶しています。(無理やりニギハヤヒに結びつけようとしているようですが。)

 最後にほら貝と山伏、山伏と老荘思想、老荘思想と蜃気楼が
どこかで日本でもつらなるのでは、と推測しますが、想像の域をでません。(鳥海山も山伏信仰で有名だったようにおもうのです。)

▽Dr.TOM
番組では、同じオオシャコ貝が精子の後に卵子も吐き出していて、雌雄同体と説明されていました。
が、確かに二枚貝は、昔から女性器の象徴でした。ギリシア神話のヴィーナス誕生のシーンで、女神のお立ち台になっている貝もオオシャコ貝だそうです。サルタヒコがはさまれて水死したというのも、女遊びがすぎて、色情に溺れてとり殺された暗喩ではないか?などと勘ぐりたくなります。(猿田彦の鼻は男性器の象徴で、なんだか色好みのイメージがあるんですよね)

荘子の気宇壮大で逆説的なファンタジーは好きですねえ。農耕民気質の日本人には老子のほうが口当たりがよくて、安心感があるようだけど、本来はこういう訳のわからない、型破りで破天荒でアマノジャクな想像力が、老荘思想のベースにはあると思います。(これは禅仏教にも受け継がれている)
これは現実主義で合理主義なはずの中国文化の、氷山の底辺にあたるものであり、西洋ではキリスト教文明に対するグノーシス、日本では国家神道や国学派に対する修験道や古神道にあたるでしょう。

つまり中国においては、長い間、儒教的「忠」や「礼」に対する対抗原理が、老荘の「無」や「道」だったのであり、したがって、儒教と近代神道は相性が良く、老荘と古神道は一脈通じているのです。

これが近年、西洋文明へのカウンターから、老子の思想が「タオイズム」として紹介されるようになってから、もっぱら「西洋:冷血VS東洋:温情」みたいな構図になってますが、それは副産物であり、本来の老荘のポジションではありません。
儒教的な(実は孔子の原始儒教から見れば、これも誤解なのだが)立身出世、現世利益、血族主義などに対する、強烈なアウトサイダーが老荘なのです。
国破れて山河あり……、国にも血族にも出世にも興味なし、というところに悠々と遊んでいるのが老荘思想であり、これは日本社会の一般論からすれば、単なる浮浪者にしか見えないでしょう。


▽AKKIY
(孔子・儒教)体制派と(老荘思想)反体制派の構図でしょうか。

「空の空なるは空なるがゆえなり」という、老子の言葉でしたか、お椀の無駄にみえる空間(くぼみ、へこみ)もそこに隙間があるがゆえにご飯や食物を盛ることができ、価値があるのだ、という説です。無駄の効用を詭弁めいた表現でつたえるところに、反体制派の特色があらわれているように思えます。

 さて、平野部における都(体制の中心)に対し、山間部における山伏寺社が(反体制の中心)とみることができるかもしれません。

 天智天皇が病に臥せった際、(後の)天武天皇が吉野山に遁世したふりをことも山が反体制の拠点になったことの一例ではないでしょうか。(鳥海山の場合は反体制派との関連においてはどうなのでしょうか。)

 その意味で山伏と老荘思想の関連もあるのでは、と推測しています。

 なお、狐(都市の体制派、神使)と狸(山の反体制派、妖怪)の関係も対比できるのではないでしょうか。
(参考)
中古後期・中世には、伝統信仰の儀礼において女性の地位が後退し、祭祀組織は男性中心に改変された。また山中での修行を重視し、女性を排除する信仰が力を増した。このような状況のなかで、山神の女性的な要素がいちじるしく強調されるにいたる。たぬき怪がしばしば女性の姿で出現する事情は、上記の経過がたぬきの怪異の成立と同期したことによって説明される。
 さらに中世には、キツネが稲荷の神使の地位に定着した。たぬきの観念は、稲荷のキツネとの対照にみちびかれて成型される。この対照は、キツネ=神使にたいし、たぬき=妖怪の印象をつよめるとともに、たぬきの観念の焦点をしだいにタヌキ・アナグマに集約する効果をもたらした。さらにキツネの女性的印象は、たぬきの男性化の素地をつくるのに貢献した。
(中村禎里 著 「狸とその世界」 朝日新聞社)
▽Dr.TOM
老荘については理路整然と表現するのが難しい世界ですが、「反体制」と言うより、あまり政治的ではないですね。政治は人為の世界ですから、無為自然を説く老子の世界でもメインテーマではないし、荘子に至ってはニヒリズムすれすれで、何ものにも属さず、かと言って西洋型個人主義でもない。何ものにも属さなければ、万物が斉同である、といったところかな。(荘子は根本の世界観のところで、原始仏教に非常に近いと思います)

老荘は日本人が期待するほど、情緒的ではありません。自然法則に私情も恩赦もないのと同じで、“理屈”であれ“情”であれ、そこに拘泥するところから不自然で偏狭な歪みが生じる、ということでしょうね。
「天地は不仁、万物を以って芻狗(すうく)と為す。聖人は不仁、百姓をもって芻狗となす」
http://www.iis-org.jp/page15.kotoba/page15-5.kotoba.tao/page15-53.kotoba.t.html
これは野口整体の根本姿勢に、非常に良く似ています。日本の野口整体は、中国の気功よりもはるかに老荘の奥義を極めています。
自分のパワーを注入して治してやろうとか、涙ぐましい献身的な情愛で尽くそうとか、そんなものは余計なお世話であり、それが“気”の副作用を呼んだり、依存心から病を長引かせたりすることになる。鏡のように虚心になって、ただ各々の気が流れるにまかせていれば、自ずと落ちつくところに落ちつく。

吉野・熊野が、常に時の反体制が落ち延びる場所になったというのも、すべてをあるがままに受け入れる生命の霊場だったからであり、敵味方を差別してどちら側だから、ということではないでしょう。

鳥海山の場合、都から見れば東北は夷敵であったという通念が長いので、反体制を通り越して「外国」だったと思われます。
しかし、その東北内部で見ると、修験どうしの勢力争いがあったようですね。仏教派の修験と神道派の修験と、仏教でも天台と真言とか、様々な派閥が入り乱れていたようで、結果、羽黒が最大勢力となり、鳥海の修験は消失したようです。
http://homepage2.nifty.com/hekisui/dewasanzan.htm
http://homepage2.nifty.com/hekisui/choukaisan.htm
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho204.htm
このへんは複雑で、一朝一夕ではよくわかりません。今後の研究課題ですね。


▽AKKIY
山伏、修験道の世界も各宗派があり、複雑ですね。

 鳥海山が出羽三山から脱落したのも、天台宗と真言宗の抗争によるもの、と9月2日引用された(鳥海山)URLにありますが、抗争も鳥海山のように拮抗するよりも羽黒山のように天台宗が圧倒的勢力となったほうが後世において存続しうる、というのも考えさせられます。

 山伏、修験道が、老荘思想をとりいれながら(*参考)も「非政治的」な思想とはおよそ反対の世界の論理でかたや脱落、もう一方が存続という結果になったのは皮肉にも思えます。

 個人的には、鳥海山も魅力ある美しい山ですので、古代においては素朴な山岳信仰の対象になったことが素直に理解できます。結局は、素朴な心だけでは、山岳信仰も維持できないということでしょうか。

 また、9月2日URLにある鳥海山の霊鳥(三本足の「烏」?)の説話は、熊野の霊鳥である「烏」との関連が興味深く思えました。となれば、鳥海山にもスサノヲが登場してよさそうですが。

(*参考)

修験道とは、「山岳信仰、とりわけ山人の信仰が、外来の仏教・道教・儒教、またシャーマニズムや神道の影響の下に、平安時代末期まとまった宗教形態をとったもの。山中の苦しい修行により、超自然的な験力を獲得し、呪術的・宗教的な活動を行う山伏・修験者を中核とする。役小角などはその初期の形態としての逸話であろう。」http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3776/j_thought.html
▽Dr.TOM
修験道は「苦しい修行により、超自然的な験力を獲得し」と説明にあるように、自力傾向の強い自然宗教です。「自力」とは、言葉を代えるなら有為・作為・人為ということでもあり、「無為自然」の老荘思想とは、方法論において対極にあるという見方もできます。

また、僧兵と言えば山伏姿を連想するように、実はかなり戦闘的な集団であったという側面もあります。おかげで槍や薙刀や棒術などの武器術では独自の発展を遂げ、都のほうから来た名門流派の達人も、羽黒修験の武術家と他流試合をして負かされてしまった、などという話も読んだ記憶があります。
しかし、これも、一切の武器を嫌った老子や、あらゆる社会闘争からドロップアウトしてしまうような荘子とは、かなり異質です。自力傾向の集団は闘争のカルマをつくりやすい、ということかもしれません。

方法論的には、老荘はむしろ絶対他力の浄土門派に近いのではないでしょうか。
……なんてことを考えていたら、森三樹三郎著『老子・荘子』(講談社学術文庫)に似たような視点が指摘されていました。「中国の浄土教はその出発点から道教と結びつく運命にあったと言える」が、「中国の浄土教が他力を強調しながらも、なお少なからず自力的な要素を残していること」は、「行としての念仏は自力であり、人為であるとされてもやむを得まい。少なくとも、老荘の無為自然からは、はるかに遠いものであったというほかはない」としています。(P424〜425)
つまり、著者は無為自然の老荘と、自力による呪詛・まじないの道教一般とを、似て非なるものと理解しているわけで、この観点からいくと、日本の修験道はむしろ老荘よりも道教に近しい。そして、絶対他力の境地に至った日本の浄土門のほうが、老荘との親近性がある、ということになります。

「他力本願」という言葉も(「依存」や「責任転嫁」と混同されやすく)誤解が多い仏教用語であり、五木寛之氏なども説明に苦労していますが、私はむしろ老荘の「無為自然」から入ったほうが「他力」を理解しやすく感じます。
もっと言うなら、他力というネーミングに疑問ありです。(日本の共産党は共産主義ではない、というのと同じような? ちょっと卑近すぎたかな)
自他の境界が消失した絶対全のことを、「絶対他力」と呼んだのであり、だから「難行道=自力」「易行道=他力」というステレオタイプの二元論にも不服です。「絶対他力≒無為自然」は、自他力の別に関係なく王道なのであり、実は非常に高い境涯なのです。

これを日本の浄土門はいいところまで迫っていながら、階級コンプレックスや知識コンプレックスから発したカルマがあるため、卑屈になっているところがある。でも、その屈折した暗いコンプレックスこそが、同じく屈折した卑屈な庶民には親近感が湧き、救いとなる、……というのが日本の浄土宗・浄土真宗の特性なのでしょう。
その点、中国の老荘はこの世のクソ権威や頭デッカチの知識など屁とも思ってないので、そこが清々しく潔い。結局、日本で一番近いのは、古神道なのかもしれません。

日本の浄土門の一向宗なども過激な階級闘争へと身を投じていった歴史がありますが、これなどは屈折したコンプレックスが攻撃性に転じた例ではないでしょうか。絶対他力が、相対他力になり、排他的他力に変貌していった例です。中国道教の基礎を築いた、太平道や五斗米道とも相通ずるところがあります。
これは他力の誤用でしょう。誤用というなら、修験道の闘争カルマだって誤用なのですが……、人類のやることはなかなかストレートな王道には至らない。七転び八起きで行くんですね。

非儒教的価値観ということでは、老荘と道教は親戚ですが、闘争のカルマということで異質でした。
同じように、時の権力側でなかったという点では、修験道も浄土教も古神道も「鬼は外」連合ですが、内容はそれぞれ微妙に違います。

前述の森三樹三郎著『老子・荘子』、私もまだほんの飛ばし読みですが、老荘思想を比較文化論的に、知的に解釈しようという邪道(?)の輩には、非常に良く整理された本であり、お薦めします。
 道教は民間の信仰で、老荘思想は道教を基本とする哲学で両者は類似したもの、と思っていました。

 春秋戦国時代の後、中国を統一した秦の始皇帝も、儒教を採用した漢の武帝も、道教に基ずき封禅の儀を泰山でおこないました。一見、反体制派、非儒教的価値観に見える道教が権力者側のトップに浸透していたことを感じます。

 その意味では、中国における道教が、体制、反体制を超越しているように感じます。

 日本における道教の影響は、庚申様、道祖神といったもっぱら民間信仰に連なるように思えます。

 

 

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