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2021年01月18日04:24

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映画「43年後のアイ・ラヴ・ユー」作品レビュー(公開日:2021年1月15日)

公式サイト
https://movies.shochiku.co.jp/43love/

★★★★★
 年齢を重ねた観客にとっては、冒頭から身につまされるシーンが連打される作品です。主人公の老いた元演劇評論家が、ある日、新聞のニュースで、がつての初恋の相手で人気舞台女優だった女性がアルツハイマーを患い、施設に入ったことを知ります。そこで、元演劇評論家は一世一代の芝居を打つことを決め、自ら認知症を装って同じ施設に入り、2人の甘い記憶を取り戻させようと目論むというお話しなんです。

 この物語で、人生の最終コーナを曲がってからでも、まだ誰かを慕うことができること。そして置き忘れてきた思い、途中で行方知れずになってしまった恋に手を伸ばすことができることはなんて素晴らしいのだろうかと感激しました。本当に恋することに、年齢の限定なんてないことを雄弁に語っている、まさに大人の青春恋愛映画といおるでしょう。 そして、これを“物語ること”寄る年波に希望を失っている人に、「まだやれるぞ!」と力を与えてくれる映画でもあるように感じられました。

 物語の主人公は、70歳の元演劇評論家のクロード(ブルース・ダーン)。ロサンゼルス郊外で妻亡きあと、悠々自適のリタイア生活を送っていました。コニャックやワインを飲み、本に囲まれ、近所には観友が住み、暮らしぶりはなかなか良さそうです。近所の親友とは病気と薬の話ばかりしていました。とはいえ2人は、いざというときのED薬も常備し、全然枯れていません。老いを感じさせない人生を楽しんでいたのでした。

 ある日、新聞のニュースで目にしたのは、若き日の忘れられない初恋の相手、人気舞台女優のリリィ(カロリーヌ・シロル)がアルツハイマーを患い、施設に入った記事でした。
 再会したいと思ったクロードが選んだ方法は、同じ病を装って施設に潜り込むことだった。ここでクロードが元演劇評論家という設定がうまいなとニヤリとさせられました。役者でなくても、演劇評論家ならある程度の演技ができることは納得できます。そんなクロードのアルツハイマーのふりがなかなかツボにはまっていて、介護のプロのスタッフや医師までもコロリと騙されてしまうのが愉快でした。

 しかしリリィは、昔のことを何も覚えていませんでした。クロードが新進評論家だった43年前に、舞台の打ち上げで意気投合したふたりが結ばれて以来、アメリカで公演がある度に逢瀬を重ね、濃密に愛し合ったことがあったのにです。2人が恋に落ちたのはスマホがながった時代。有線電話と手紙が2人をつないでいました。でも、ある日音信が途絶えることに。音信不通になってしまった後、クロードは別な女性と結婚したものの、その思い出を大切に胸にしまって生きてきたのでした。
 物語は時折、クロードの回想の形で、43年前のことを描きます。でも2人の別離の事情は詳しく明かしません。それがかえって余韻となって響き、今に尾を引く物語の感慨を深めたのでした。

 さて、リリィのことが忘れがたいクロードは、彼女の記憶を呼び覚ますために何ができないかと案じます。2人の甘い記憶を取り戻させようという一念でした。
 クロードの策は、人間の五感を駆使したもの。2人の写真を見せたり、昔贈ったことがあった大量のユリを本人には内緒で部屋に敷き詰めて、その香りで部屋を埋めたり、彼女が好きだった、思い出深いガーシュインのCDを贈って聴かせたり、彼女のシェイクスピアの『冬物語』を観劇させるなど、失われた記憶を手繰り寄せようとする手法はなかなかにロマンチック。そんな涙ぐましい努力を重ねたのでした。でも何をやっても効果が出ません。それでも諦めず取り組むクロードの愛する人への溢れる情熱と献身ぶりには脱帽しました。その力強い思いが本作の牽引力となっていることは間違いありません。

 特に劇中劇として演じられる『冬物語』が、本作の重大な舞台装置となりました。『冬物語』で綴られる主人公の王妃は、一旦は夫である王以外の人に心を奪われますが、最後まで王を裏切ろうとしませんでした。そんな王妃の物語は過去のリリィと重なっているような気がしました。そしてクロードの狙い通りの奇跡は起こせるのかどうかが、本作一番の見せ場となっています。
 
 まぁ、この辺は観客の予想を裏切らない結末ではないかと批判も起こりえそうな気がします。当然、それだけなら、さほど面白い映画にはならないと勘ぐられるもの当然でしょう。でもご安心ください。本作はそんなに単純ではありません。マーティン・ロセテ監督は、本作でいくつかのスパイスを利かせているのです。
 
 それはダーンには、死別した妻が残した娘や孫の存在。そして、リリィにも愛する夫のがいたのです。昔の恋人との再会がかなったとしても、ハッピーエンドにはなりにくいものだと察しがつくでしょう。なので純愛の物語が屈折し、単に甘いだけではなく、複雑な余韻を残すこととなったわけです。

 なによりもこの再会が、それぞれのパートナーに対する裏切りだと感じさせないのは、クロードを演じるブルース・ダーンのチャーミングな笑顔と滋味あふれる芝居あればこそ。実に後味のいいエンディングとなりました。クロードがリリィに接する時の、顔から溢れるくらいの愛情表現は、素晴らしい演技でした。
 
 またリリアン役のカロリーヌ・シロルも71歳とは思えない若々しさで、永遠の恋人のイメージにピッタリの配役でした。

 ところで、認知症やアルツハイマー病を扱う映画は増えていまするが、本作では介護の大変さや悲惨さをあえて描かれません。逆に、病気を機に実を結ぶ再会と喜びにあふれています。人を思うことのかけがえのなさや思いの強さ、生き生きとした人生をゆったりと映像にしみこませて、笑顔といとおしさを運んでくれました。

 この映画は、若い観客にも感動を呼び起こすことでしょう。でも、やっぱり43年という本作の歳月を実際に体験してきたご高齢の方のほうが、はるかに深い感動を得ることになるでしょう。
 年を取るのは必ずしも悪いことばかりではないものですね。
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