眠かった。かなり寝た。リフレインはやっぱり気持ちいいのだが、夜の時間に濃くなっていく喪失感の理由が、そしてその理由の重さが描かれていないからだ。
確かに夜時間は、思考がより深くなり、喪失感を持つ人間はそれから逃れられなくもなるだろう。
しかしその喪失感も、喪失したものがどこまで思考の罠に陥った人にとって美しくも大切なものだったかが描かれていないと、その重さを支えるリアリティを失う。
そういう意味で、確かにこれらの作品はもうマームとジプシーにとって過去の作品、秀作で、いま、再演される必要がないものだったと、僕は思う。
そして「小指の思い出」や「書を捨てよー」を見て、藤田貴大がストーリーを描くことに執着していないのではないかと疑っている僕としては、やはり、この作品でも登場人物たちの執着の裏にあるものが描かれていないのは、そのせいだろうと思うのだ。
多分、これからも藤田作品は言い出来のものは素晴らしく良くできていて、よくないものは観ていても全くノリきれずに劇場から帰ることになるだろう。
しかし、それを飲み込んだうえでも、本当にいい作品が凄くいいから、また観に行かずにはいられなくなるのだ。
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