私の名前は『四季』と言います。
名前と言っても、これは人間の飼い主から付けられた名前で、母から受け継いだ名前は、
イクチス・メルドリューヌ・アレクサンドラ・クレイオー・オアシス。
私も例に漏れず赤子のうちに里親に出されはしましたが、我々の一族と言うものは、生まれた瞬間には真の名と共に相応の知識と知恵を母親から授かっているものです。
ただ近所の仲間達にこの沙漠風の古めかしい名前で挨拶するのはなんとも恥ずかしく、人間の里親に引き取られた直後に付けられた『四季』と言う、この東の果ての島国に相応しい名前を名乗り、私としても里親のセンスをまずまず気に入っております。
私の種族は性格に言いますと、人間からアビシニアンと呼ばれる猫族、生まれは何代も前からこの日本と言う島国ですが、先祖はエジプトのアレクサンドリアからイギリスを経由し世界に広がった、壁画にも残る大分古い種族だと言われています。
我々の一族は猫種の中でも、様々な知識と仕事を古くから受け継ぎ、人間には直接会話は出来ないものの、人間が聞く事が出来ないカイアン語やマオ語、あるいは人間の見る事が出来ないドール族やジーロ族などを見る事が出来るのです。(大半の猫族も見聞きはしていますが、意味を理解してるのは私達を含む幾つかの一族だけです）
今回は私と里親たちの日常を簡単に記しておこうと思います。
私は松坂という家を里親にしていて、両親と姉、兄、妹の５人家族。
皆、私を可愛がってくれるのですが、唯一お兄さんだけは、最近になり(軽度ですが)猫アレルギーが判明し、余り私に近づかないか、あるいは近づいてもごく短時間、と言う感じになっていました。
しかしその日は、庭でジーロ族達が不吉なカイアン語の文句を静かに囁いてた為、朝の食卓から遠巻きに５人の家族を観察し、話に聞き耳を立てていますと、
お兄さんが一人、休日の散歩がてら市内の弁天社をまわる、という話を耳にしました。
私は直ぐに、庭のジーロ族達が騒いでる理由がこれだと言う事に気付きました。
弁財天と言うのは確かに人に財を与える神様ではありますが、その実は嫉妬深く、人を祟り、不幸を起こす事でも有名な神様であります。鎌倉や江戸といった昔に信仰を集めてた弁天社となると、時として疫病を流行らせる程の怒りを見せたといいます。
私は、お兄さんがウォーキングシューズをはきリュックを背負い、家を出て弁天社の方に向かうのを確認すると、塀の上や路地の隙間を通り、弁天社への道のりを先回りしていきました。
母親や祖先たちから受け継いだ私の勘はおおむね的中していました。
弁天社の入り口近く、休憩用のベンチの上に眼鏡をかけた女性が本を読みながら座っています。普通の人間には何も見えなかったでしょうが、明らかに他の人とは違うヴーアを周囲に撒き散らしていました。私たちの一族と似てますけど、はるか昔に枝分かれした別種族・・・・・
彼女はスフィンクス、人間に姿を変えているのです。
獅子と女性が合わさった姿をしていたのは２０００年以上も前の時代、歴史の流れの中で彼女達は生活し易い人間の姿をとる術を身につけているのですが、生まれもったヴーアは隠しようがありません。
ヴーアを人間の言葉や概念で表すのは少し難しいですが、生物や幻獣、或いは一部の無機質からも放たれる、生命力や寿命、意思の力を現す一つの雰囲気だと思ってもらえば結構だと思います。
私は街角のベンチにたたずむスフィンクス女の声をかけました。
ごきげんようお姉さま。
「ごきげんよう、あら貴方は古い種族なのね？改めて挨拶しておきますわ”はとこ”さん」
お姉さまは何をやってらっしゃるの？
「我々の種族の仕事を」
謎かけですね？
「良く解ってらっしゃる。謎かけは我々スフィンクス族の運命なの。人に謎をかけて、答えられないものの寿命を奪う、
昔と違って、今は寿命の何分の１か、くらいですけど・・・・
それでも、私たちは寿命を得て、愚かな人間は淘汰される、私たちと人間の双方にとって有益な、何千年も続く儀式なのよ」
それは私も聞き及んでます、しかし本日は控えていただきたいのです。
「あら？そういえば私も人と暮らして人を護る、古い猫族の話を聞いた事がありますわ」
その血を引くのが私です、これから私の家族がこの道を通るのです。
「申し訳ないけど、私もこれが役割なのよ。この道から離れるには誰かが私の謎を解いてからじゃないと」
その役目は私が担いましょう。
「可愛い”はとこ”さん、貴方の寿命じゃ間違えれば助かる保証はないわよ？」
大丈夫です、問題を仰ってください。
「そうねでは問題を出します・・・・『ある街が滅びました。人が死に絶えたその街には巨大なビル群、巨大な寺院や聖堂、巨大な軍事基地と空母、巨大な歴史館と美術館が残されました。この街で最も巨大な物は何だったでしょう？』・・・・この問題に答えなさい」
私は目を閉じて、暫く答えを考えました。
＊＊＊＊＊
その日は晴れた休日で、歩くには心地よい気温だった。
僕が弁天社の参道を歩いていると、休憩用のベンチにウチのアビシニアンの四季が日向ぼっこをしているのに気付いた。
野外で程よい風が吹いていた。僕は四季の横に座って、彼女の背中を撫でてみる。
彼女は寝起きらしく、姿勢を殆ど変えずに僕の方を向き、嬉しそうに喉を鳴らした。
「一緒に本堂までお参りいこうか？」
四季はみゃあ、と鳴いて僕の後をついてきた。
お参りが終わると、四季は暑さを凌ぐのに手水場の水をまた舐めている。
僕達はそれから、本堂から離れた小さいお堂を見物した。ここは昔の絵馬や変わった仏像が陳列された郷土館みたいな建物で、丁度大きなケヤキの日陰にもなっていて、一息つくのには丁度の場所だった。
僕は大きな絵馬に描かれた江戸時代かもっと前の極楽や地獄の絵、動物達が人間のように振舞う戯画を、椅子に座って眺めていた。四季も僕の横にちょこんと座り、一緒に絵馬を見ているような姿勢を取っていた。
僕は四季にまた話しかけた。
「こんな誰も見た事のない風景を、昔の人は良く描いたよね。
人間は世界の隅々まで探検して、色んな物を見て世界がどんなものか知ってたはずなのに」
四季はまたみゃあ、と鳴いて僕の同意する。僕は言葉を続けた。
「どんなに世界が広くても、人間の想像力は常にそれより大きい物を作るのかもね」(完）
拓也◆mOrYeBoQbw
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