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2013年05月08日00:40

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繭月通り物語・序 其の一・四ツ辻

 日本の古来のおまじないの一つに、辻占と言うものが有ります。
 どういう物かと言うと、夕闇の黄昏時、四ツ辻=十字路に立ち、決められたお札や装身具を持って、行きかう人々の話に耳を傾けます。そうすると、その会話の端々の言葉が悩み事や失せ物、尋ね人のヒントを告げてくれる、と言い伝えられていました。

 四ツ辻は昔からまじないや呪詛に深く関わった場所でした。それは四=し=死を意味するアナグラム、昔で言う言霊から不吉を意味するものであり、
 十字路は即ち、2つの道が交わる場所――2つの文化が切り開いた道が混交する場所――ですから、争い、悲劇、迷走、と異界への窓口とみなされます。
 実際に古い四ツ辻では地蔵尊、石塔、道祖神などを立てて、厄除けや鎮魂の守り神にしてる所もあるそうです。

 私はこの話を、沙那ちゃんと摩祐ちゃんの双子の姉妹から教わりました。
 彼女達は私よりも一つ年下の後輩ですが、私よりもずっとしっかりしていて、見た目も普段言葉を交わす時も、ずっと私や周りの娘たちよりも大人びていると感じます。
 彼女達は私の悩みの内容を知りません。が、私の普段と違う様子を見て、辻占の話をしてくれました。
私の悩みはわざわざ誰かに相談の負担を掛ける事でも無いと思いましたし、「彼岸と此岸」という双子の語った不思議な響きの言葉にも誘われ、私ひとりで辻占を行う事に決めました。

 私が最初にやるのは柘植の木の櫛を持ち、出来るだけ由緒ある四ツ辻を探す事でした。
 そこで出来るだけ無意識に通りすがりの人の言葉に耳を傾けなければいけません、
 実は難しいのはその一点です、知り合いや顔見知りに話し掛けられず、ただ流れる会話じゃないと意味がありません。


 私の町は古くからの城下町で通りが上下左右に走り、更に複雑に入り組んでいるので、入り組んだ見知らぬ通りに出ようと、金曜の帰りに教科書を家に置いて、柘植の櫛を持って通りに出ました。
 出来るだけ見知らぬ通り、見知らぬ路地裏を抜けようと歩いていると、少し開けた通りに出ました。
 住宅と商店が織り交ざったような通りで、昔ながらの散髪屋、写真館、古書店、少し奥まった所にはお蕎麦屋さんと小さな弁天神社と、私の知らない昭和の通りと言うものは多分こんな雰囲気なのかな?と感じさせる空気がありました。



 通り少し歩くと四ツ辻があり、右手には自動販売機がある小さな商店、左手には公園、通りを挟んでは寂れた町工場のような建物と、自転車屋さんが左右にありました。
 丁度町工場の角が草むらになっており、石塔が立っているのが解り、そこには”石敢當”と書いてありましたが、残念ながら読み方も意味も良く解りませんでした。
 公園の方の名前は『繭月通り第一公園』とあり、おそらくこの通りの名前をそのまま付けてるのでしょう、
 四ツ辻も綺麗な十字路ではなく、私が歩いてきた方から十字路に向かって下り坂になっており更に四ツ辻から向こうは僅かに斜めに曲がっており、戦国時代の城下町の面影を残しています。
 しかし知らない通りを探したとは言え、聞いた事も無い場所に辿り着いてしまい、正直な所最初は不安を感じました。
 が、携帯も持ってるし人が全く居ない場所では無く、何よりも辻占を行う事への執着が強かったため、ここで辻占を行う事に決めました。

 商店の自動販売機でペットボトルを買い、最初は公園のベンチで座っておこうと思いましたが、自動販売機の隣にもベンチがあり、そちらの方が四ツ辻に近いのでそこで黄昏を待つ事にしました。
 ペットボトルを横に置き、携帯電話で読みかけの電子書籍を開きます、胸ポケットにちゃんと柘植の櫛が有るかどうかもその時確認しました。
 夕闇が迫り、私が歩いてきた神社の方向を見てみると、木立や歩道に巣に変えるカラスが羽を休めていました。その中で2匹、アルビノで真っ白なカラスが佇んでおり、2匹とも青緑に透き通った目でこちらを見ているようでした。
 そして黄昏時を迎えます。



 耳にしたのは母親と小さな男の子の会話でした、
 どうやらよく知られた「竹取物語」一説で、かぐや姫が5人の貴族に難題を出す場面を話しているようでした。そして5人の貴族の内あるものはかぐや姫を騙そうとして失敗し、あるものは船で難破して盲目となり、
 あるものは失意の内に、かぐや姫の目の前で息を引き取ります。
 その時、話が終わるのを待たずに子供は母親に話かけました。

「お母さん、かぐや姫は酷いお姫様なの?、男の人達は皆ひどい事になってるじゃない?」
 母親は男の子に優しく答えました、
「そうね、でも人は何かを手に入れるのに、自分も何かを差し出さなくちゃいけないのよ。ぼうやも買い物をする時に、お店の人にお金を払うでしょう。
 でも時々、お金や他のどんな物とも交換できない物があるの。5人の貴族たちは、かぐや姫が好きで目が眩んで、人には交換できない宝だと、誰も気付かなかったのね。」


 それから私は、公園側にいる小学生や親子連れの話を聞こうかと耳を澄ませましたが、
距離がありなかなか話を聞く事は出来ません。
 その時夕闇の中、自転車を引いて交差点を歩いてくる一つの影があり、私は気にも留めてなかったのですが、その影の方から私に声を掛けてきました。
「携帯でメールやってるの?こんな所で一人?」
 それは私の見知った顔でした。



 恒一郎君は1年の時の私のクラスメイトで、今はクラスは離れてますが生徒会で一緒の同級生です。
「いやさ、自転車がパンクしたもんだから、駅の自転車屋に行こうと思ったんだけど、
裏道を通っていったらこんな所に自転車屋があったからそこで直せたよ。」
 彼は私が最初の問いに答える間もなく、そんな自分の話をしてきました。
 黄昏で街灯もそれほど明るくなかったので、私の表情が彼には見えなかったのかもしれませんが私は辻占を中断されてあまり良い表情はしていなかったと思います。声を掛けられ無意識に他の人の言葉を拾う状況ではなくなりました。
 それにもう一つの別の感情が、私の胸の内側を引っ掻く感触がしていました。

 彼は続けてこう言います。
「この通りはよく来るの?俺は初めてでさ、駅ビルは見えるからそっちの方に行けば良いんだろうけど、用事が無いんならそこまで一緒に行かない?」
 私はゆっくり立ち上がり一言言いました「行こうか」
 彼のちょっと安心した表情が、黄昏の中でも見て取れました。

 恒一郎君は頭が良い(と言うか学年でも高い成績)のですが、自分の感情を隠さず、他人の感情に無頓着な人です。それでも不思議と友達や生徒会の委員の間からの信頼があるらしく、学校や外で見かけても数人の友達と一緒だという印象がありました。
 やはり沙那ちゃんや摩祐ちゃんの様な、繊細でしっかりした後輩と比べてしまいます。


 歩く時くらい黙って歩けばいいのに、恒一郎君は委員会や進学と言ったありきたりの話を、私を飽きさせては駄目というルールでも有るのかと言う風に、矢継ぎ早にしてきました。
 暫く歩くと川があり、橋の向こうに見知った町並みがあります。
「ああ、こんな所に出るわけかぁ」
 恒一郎君が言いました。私の気のせいか、視野の片隅にまだアルビノのカラスが私たちを見ている感じがしました。
 橋に差し掛かると、彼が話を変えてきました。

「そういえば、1年の時の野島陽奈津って覚えてる?今はクラス一緒なんだけどさ。」
「クラスが変わっちゃったから覚えてない。」
 それは嘘、1年と少し前の苦い味、
「そうだったか・・・・でもま、俺は別れちゃったから言う分には別に良いかな?別れた後気まずくってね」
 彼と野島さんが1年の終わりぐらいから付き合いだしたのは知っていました。
彼がそういう事を隠せる人では無いし、相手の野島さんも友達同士で話す時にその話をしていたし――

「受験が本格化とか、俺の生徒会やら文化祭やらで最後の締めが忙しい、それは理屈は通ってるんだ。でも『別れる』って言葉の後、全くの他人と言う感覚が俺はいまいち解らないんだよね。友達に戻る?昔の単なるクラスメイトの様に話す?考えてる内に、野島に話すのが怖くなってきてね。」
 私たちは橋の中央で足を止めた。彼は自転車を橋の欄干に立てかけて、自分自身も欄干に体重を預け川の流れを見ていた。私はその後ろに立っています。

「好きって気持ちが、付き合い始めた頃じゃないのは解るし、互いに口に出さないけど『恋愛だけしてみたかった』ってのが動機の半分か、それ以上だったってのは今は解るんだ。ただ俺も恋愛経験が多いわけじゃないし、女子の恋愛の価値観わからないんだよな。」
 私には彼の言葉は殆ど入ってきません。
 寧ろ視覚的に無防備な彼の背中と川の流れが見えるだけです。
そう、私の悩みの根本が目の前にあります。背後の車の流れは無く、人通りもありません、私が少し手を伸ばせば・・・・私の胸を引っ掻かれる感覚も、穢れてしまった彼も精算されて終わりになります。
 私は音も無く手を伸ばしました。



 その時、二羽の純白なカラスが羽ばたいて飛び去りました。
 私も恒一郎君も驚きで一瞬身体を硬くし、羽ばたいた音のする方を見ると、純白のアルビノのカラスが私達の頭を越え、川の上流、山の方へと帰っていきました。

「そういえば、橋も川と道路が交錯する四ツ辻だったって、生徒会のコから聞いたことがある。」
 彼が小声でそう呟きました。
 私はその時、2つの事を理解しました。
 双子は私だけじゃなく、悩んでいる彼にも辻占の話をしたのでしょう。そしてもしかしたら私の事も――

 そうしてもう一つは、私はやはり彼の事が好き、だという事実です。
 私のするべき事も既に竹取物語に、正確には母親の言葉に全てが含まれてました。
 彼の横の欄干に手を掛け、からす達が飛び去った方向を見てこう言いました。

「私と恒一郎君は、これから恋人同士になるんでしょうね。」
 視野の隅の彼の表情は、期待してた言葉を聞いた事で喜びの色が戻ったようでした、 私は私自身、生まれて初めての表情をしているのがはっきりと感じられました、
 彼が喜びで口を開くのを遮る様に、私は言葉を続けました。

「でも私は野島さんや他のコの様には貴方に与えることはしないわ。私が貴方に与えられる物を全て与えた時には、私か貴方が姿を消して、きっと恋人ではなくなってるはずなの。
 人には対価を払っても得られないものが有る事を貴方は覚えるのよ。」
 彼には私の言葉が聞き取れなかったか、あるいは理解できなかったのでしょう、
 一瞬怪訝な表情を浮かべましたが、直ぐに元の明るい顔に戻り、自転車を横に
私と一緒に駅の方角に向かって歩き始めました。
 ――さっきよりほんのちょっと、二人の距離が狭くなって――



 そして私は橋を渡り切る直前、一度だけ後ろを振り返ってみました、
 夕闇の所為か、暗く感じる街灯の所為かは解りませんが、私たちが歩いてきた古びた通りに入っていく脇道が、元から存在しなかった様に掻き消えていました。

by 拓也 ◆mOrYeBoQbw
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