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2024年01月23日15:56
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ちょっと気になる医療と介護 増補版 権丈 善一 勁草書房 2018年2月1日
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日本と違って、「認知症患者数が減っている国」がしていること【認知症専門家が解説】
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p.242
そして、ブレトンウッズ体制の崩壊、オイルショックのなかで新古典派総合は崩れ落ちます。
こうして経済学の主流は右側に移り、以来ずっと右側経済学の支配が続いて21世紀を迎えました。ところが、2008年にリーマン・ショックが起こり、経済学全般への不信感が起こり、広がってしまったんですね。
経済学の流れから理解すると、社会保障の成長期は、まがりなりにもケインズ経済学が主流にあった。戦後から1970年代初めまでの新古典派総合期です。そしてその後、右側の経済学が主流になるにつれて、普通に経済学の教科書を読んで学んだ経済学者たちから社会保障は敵対視されるようになり、今に至っているというわけです。経済学という、いろんな面で宗教にも似た思想と言いますか、なんと言いますか、面倒ですね。
ということで、このあたりで、この本を終えたいと思います。そして、ここまでたどりつけた方、特に、この章をここまで読み上げた方、本当にお疲れ様でした。著者である僕が難しい話と思うんならば、へのへのもへじの本には書かなきゃいいじゃないかと思われるかもしれませんけどこの右側の経済学と左側の経済学という考え方は、今は分からなくても、そのあと、じーんっと分かってきて、その大切さが身にしみて分かってもらえると思うんですよね。大きな声では言いませんが、前著『ちょっと気になる社会保障』の知識補給の増補版にも、こっそりと「知識補給 右側の経済学と左側の経済学」として挿入してしまいました……。
p.243
ということで、ここまで読み切ったあなたに、座布団1枚！ いや5枚どうぞ！
では本書の最後になりますが、次の知識補給を置いておきますね。ノーベルの恋話が入った、ちょいと洒落た小話で終わりとしましょうかね。
知識補給・ノーベル経済学賞って？ それと平和賞が生まれたステキな話 333頁へ
p.245
終末期医療――この言葉は、2007年に厚生労働省が作成した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が、2014年に「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」に改称されていることからも分かるように、厚労省は、今は、終末期医療という言葉を使っていません。と言っても、終末期医療という言葉はまだ普通に使われており、たとえば、2016年11月に始まった日本医師会の第XV次生命倫理懇談会への会長からの諮問は「超高齢社会と終末期医療」でした。この章は、この生命倫理懇談会で僕が話した講演録です。僕は、日医の生命倫理懇談会の委員であり、2018年8月に始まった厚生労働省の「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」の委員でもあります。そして、2013年8月にまとめられた『社会保障制度改革国民会議報告書』の「医療介護分野の改革」に、QOD(Quality of Death)、すなわち死に向かう医療の質という言葉が書かれた時の、その文章の起草委員でもありました。
p.246
於 日本医師会・第XV次生命倫理懇談会2017年8月19日
本日は、政治経済学からみた終末期医療という話をさせていただきます。本会議の第1回目に自己紹介しましたように、私は2013年の『社会保障制度改革国民会議』の報告書の中の医療介護改革部分を起草いたしました。そこにQOD、つまりQuality of Deathという言葉を書きました。あの時、経済学者が終末期医療の話を書き込むとはなにごとだという批判を受けることにもなりました。しかし私は、おおよその人たちが想像する経済学者とは違い、むしろ、医療費の観点のみから終末期医療をみようとする経済学者たちを批判する立場にあります。医療というのはけっこう難しいようで、若いときからこの分野への土地勘を鍛えておかないと、本当は提供体制の問題が大切なのに、医療を、価格理論の応用としての需要サイドからの費用問題としかみることが出来ないみたいなんですね。本日はそうした話を手短にさせていただきます。
社会保障国民会議とQOD
『社会保障制度改革国民会議』の報告書は2013年8月にまとめられました。そこに次のようなQODの記述があります。
『社会保障制度改革国民会議報告書』(2013年8月6日)32頁
・超高齢社会に見合った「地域全体で、治し・支える医療の射程には、そのときが来たらより納得し満足のできる最期を迎えることのできるように支援すること――すなわち、死すべき運命にある人間の尊厳ある死を視野に入れた「QOD(クォリティ・オブ・デス)を高める医療」――も入ってこよう。「病院完結型」の医療から「地域完結型」の医療へと転換する中で、人生の最終段階における医療の在り方について、国民的な合意を形成していくことが重要であり、そのためにも、高齢者が病院外で診療や介護を受けることができる体制を整備していく必要がある。
p.247
この記述は、現在、国立長寿医療研究センターの名誉総長である大島伸一先生のご発言に基づいたものです。
余談になりますが、私は国民会議での議論が山場を迎えていた6月の第14回会議が医療制度のお金の話ばかりで盛り上がる中、医師の代表として参加されていた大島先生、自治医科大学学長の永井良三先生が発言を遠慮されていたので、「医療改革について議論している国民会議で、大島先生とか永井先生がずっと沈黙されているというのは非常に残念でなりません。やはり医療提供体制の改革、医療改革というのは医療関係者である大島先生とか永井先生に参加していただいて初めて意味のある会議だと思います」と発言しています。この発言を受けて、大島先生はQODの話、永井先生はデータによる医療システムの制御という『国民会議報告書』の核となる話をしていただきました。
そのQODについて、大島先生は、次のように発言されています。
・高齢者に対する医療というのは何かというと、いわゆるQOLの維持・改善を目指すものです。……そして、もう一つ踏み込んで言えばQODです。Dというのはデスです。死に向かう時の満足度をいかに高めるか。こういう医療が求められてくるのです。……ところが、現実は20世紀型のあり方をずっと踏襲してきて、その延長上にあるものですから、国の政策としては地域包括ケアとか、あるいは病院から地域へという非常に大きな政策展開をしようとしているにも関わらず、現場がそれにキャッチアップできていない⁶⁴。
p.248
「死に向かう時の満足度をいかに高めるか、こういう医療が求められてくる」ということを医療の現場に伝えるために使われた言葉が、QODでした。そして、この四に向かう時の医療の質、QODを国民会議の報告書に書き込む際には、事務局のみなさんがかなり慎重であったことを記憶しています。というのも、政府、行政当局には、終末期の医療について政府として触れることにかなり強いトラウマがあったからです。
終末期医療をめぐる政治経済学的な動きと国のトラウマ
トラウマの原因となる出来事がピークを迎えるのは、2008年から2009年の後期高齢者医療制度をめぐる騒動、特に「後期高齢者終末期相談支援料」の凍結、廃止という、一種の事件です。この問題は相当に大きな政治的外傷として受け止められたようです。この話を解説するには、この一連のストーリーの起点に位置づけられるべき2005年頃の経済財政諮問会議での議論から始めるのが妥当かと思われます。
2005年の経済財政諮問会議では、6月1日の有識者議員提出資料に「社会保障給付費の伸び率管理について」がありました。
経済財政諮問会議
2005年6月1日有識者議員提出資料
・「社会保障給付費の伸び率管理について」
p.249
・�ぁ峇靄槓�針2001」以降、多くの改革を実現させてきたが、医療費総額の抑制についての以下の方針は、未だ実現していない。
-「基本方針2001」医療費、特に高齢化の進展に伴って増加する老人医療費については、経済の動向と大きく乖離しないよう、目標となる医療費の伸び率を設定し、その伸びを抑制するための新たな枠組みを構築する。
つまりは、医療費を社会保障費抑制のターゲットとする。医療費の伸び率を管理するためにGDP伸び率のキャップをかける。これは医療政策にとって大変ショッキングな話でした。
そこで、厚労省は、キャップ制だけは困る。医療費抑制は自分たちでできるだけのことはするから、勘弁してもらいたいという方針を固めます。ここで、保険局は、医療費の適正化を積極的に言いはじめました。
次から数枚のスライドは、2005年7月29日の医療保険部会に提出された「中長期の医療費適正化効果を目指す方策について」の資料です。その中に、「高齢者医療制度、診療報酬の体系の在り方の見直し」というのがあります。これが、終末期医療と関係することになります。
諮問会議を意識した保険局の試算では、医療費適正化効果は2005年度に約2.8兆円、2025年度には約6.5兆円が見込まれていました。そのうち、終末期医療では、2015年度に約2,000億円減、2025年度に5,000億円減が見込まれていました。
この資料「医療費適正化の方向性(イメージ)」における終末期医療費9,000億円は、医療機関での死亡者数に死亡前1か月の平均医療費を掛けた数字で、在宅医療を進めて平均在院日数を減らせば、終末期医療に関わる公的給付費が減るという想定のもとに計算されていました。
p.251
こうした方向で、柳澤厚労大臣が、2007年5月15日に経済財政諮問会議に「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラムについて」を提出することになります。
その中には、具体的な取組の概要(1)予防重視の観点(2)サービスの質向上・効率化の観点に続いて(3)診療報酬体系の見直しという項目があり、そこには、「後期高齢者の心身の特性に応じた診療報酬の創設」の欄が設けられ、そこに「高齢者医療の現状等を踏まえ、必要かつ適切な医療の確保を前提とした後期高齢者の心身の特性にふさわしい診療報酬体系の確立」がありました。
このような経緯を経て、2008年4月から高齢者医療制度が施行されました。不幸だったのは4月27日に衆議院山口2区の補欠選挙(自民 山本繁太郎氏 v.s. 民主 平岡秀夫氏)があったことでｓ。この時、民主党は後期高齢者医療制度を政争の具として存分に利用して、廃止キャンペーンを張りました。
p.253
そうした中、4月27日の補欠選挙では、民主党議員が当選します。
そして、当時の風評の下では、悪評高い後期高齢者医療制度の中に、「後期高齢者終末期相談支援料」が含まれていました。
後期高齢者終末期相談支援料は2008年6月に一時凍結、2009年8月30日に政権交代の総選挙、そして民主党政権の下で、2009年12月には中医協で廃止が決まり、今に至っています。なお、後期高齢者医療制度そのものについては2013年の『社会保障制度改革国民会議』に「後期高齢者医療制度については、創設から既に5年が経過し、現在では十分定着していると考えられる」と書かれています。
終末期医療費のおおよその規模
こうした一連の出来事は、政府に、強いトラウマとして残っているようです。
p.254
昨年2016年6月の骨太の方針に終末期医療の話がはいりました。
経済財政運営と改革の基本方針2016
・(人生の最終段階における医療の在り方)
・人生の最終段階における医療の在り方については、その実態把握を行うとともに、国民的な議論を踏まえながら、地域包括ケアシステムの体制整備を進めつつ、医療従事者の育成研修の全国的な実施や国民への情報提供等により、医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされた上で、患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本として人生の最終段階における医療を進めるプロセスの普及を図る。「経済財政運営と改革の方針2017」にも継承
どうも、今のところは、これを財政的観点で問題にしようというのではないみたいです。もちろん、かつて麻生さんは「現実問題として、今、経費をどこで節減していくかと言えば、もう答えなんぞ多くの方が知っている。……残存生命期間が何か月だと、それに掛かる金が1,500万円だっていうような現実を厚生労働省が一番よく知っている」という、終末期の1,500万円の医療費という根拠がよく分からない発言をなされたりと、この発言は2013年1月21日の『社会保障制度改革国民会議』でのもので、私はその場にいたのですけど、そういう考えの方もいらしゃいまして、諮問会議の議案になんらかの影響力を持たれているのかもしれないのですが、骨太2016にまとめられている文章、つまり、「地域包括ケアシステムの体制整備を進めつつ、医療従事者の育成研修の全国的な実施や国民への情報提供等により、医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされた上で、患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本として人生の最終段階における医療を進めるプロセスの普及を図る」という文言は、きわめて真っ当なものであるように読み取れますし、この内容は、骨太2017年にも継承されていきます。
p.255
そして昨年、2016年10月27日に諮問会議の社会保障WGで「人生の最終段階における医療の在り方について」の有識者ヒアリングがあったのですが、中身に関しては、先週(2017年8月3日開催)の「第1回 人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」で配布された資料にまとめられている以上のことは議論されておらず、取り立てて取り上げるような内容ではありません。
こうした流れに落ち着いていった原因には、やはり終末期医療費に関して、規模的にはさほど大きくなく、財政問題の対象とするにはなじまないという考えが定着したことがあるように思えます。
この国で終末期医療費を考える際には、3つの試算を押さえればいいかと思います。それは2000年の医療経済研究機構試算、2005年の厚労省保険局試算、そして2007年の日医総研のワーキンググループ試算です。これらは、終末期医療を1か月として試算をしています。何をもって終末期とするのかについては、極めて難しいものがあります。
一部の医療経済学者とかは、効果がなかった医療費を、終末期医療費とみなすと考えて、死亡前半年とか、死亡前1年の医療費を「終末期医療費」として試算しているうようですが、いつからの医療費をそのカテゴリーに入れるべきかということは実はよく分かりません。
p.257
Lynnの死に至る3つのプロセスを考えても、レトロスペクティブにみれば、その瞬間瞬間の医療がはたして効果があるのかどうかは、確率的な問題でしかない。このあたりは、医療がもつ不確実性、個別性という特性が極めて重要になってくると思います。
次は、日本福祉大学の二木立先生の本からの引用で、アメリカのイェール大学のGill教授等は、地域で暮らし当初は障害のなかった70歳以上の高齢者754人を対象にして、1998年から毎年インタビュー調査等を行うなど、10年以上追跡調査を行ったそうです。そして2011年6月末までに死亡した491人(死亡時の平均年齢85.8歳)の死亡前1年間の「日常生活の制限をもたらす症候」の有無を調査・解析し、次の興味ある知見を得ています。
p.258
� 〇猖瓦�1年前から日常生活の制限のあった高齢者は2割にすぎない。
�◆，海粒箙腓六猖漢�5か月間まではほぼ一定だが、その後急増する。
��ただし死亡1か月前でも日常生活の制限のない高齢者が4割強存在する。
こうした、当初は健康だった高齢者を対象にして、死亡までの1年間の経過を月単位で詳細に調査した研究は、これが初めてだそうです。
この追跡調査によると、つまりは、死亡前1年では、キュア、治療が必要でなく、ケアのみ、支えることのみを必要とする高齢者というのはさほど多くはなく、死亡の1か月前であったとしても、支える医療だけでは十分でないということになります。だから、『社会保障制度改革国民会議』は「治す医療」から「治し支える医療」を提唱しているわけですね。
では、治し支える医療というのは具体的にどういうことなのか。
次は、『国民会議報告書』において、治し支える医療が書かれている箇所です。
医療はかつての「病院完結型」から、患者の住み慣れた地域や自宅での生活のための医療、地域全体で治し、支える「地域完結型」の医療……に変わらざるを得ない(『国民会議報告書』21頁)。
この文章は、大島先生の第15回社会保障制度改革国民会議(2013年6月13日)でのご発言をもとにしております。
p.259
人は必ず老います。必ず死にます。そして、亡くなる前には必ず人の世話が必要になります。これは100％例外のないことで、……違うのは、その期間が長いか短いかということと、人によってどんな世話を受けることができるかということだけです。……医療の側から話をするときには、治す医療から、治し支える医療。治す医療というのは、いつまでたっても技術は進歩しますから、これは絶対に必要であることは間違いないですね。支えるというのは何を支えるかというと、生活を支えるということです。
しかし考えてみれば、生活を支えるというのは、介護がもともと言っていることであって、こうなると医療の目的と介護の目的で何が違うのか。実は一緒なのです。だから、あえてこれから高齢者ということを強調して言う場合には、医療の目的も介護の目的も、両方の目的がほとんど同じ言葉で語られるような状況に変わります。これは医者の側にとってみると、ものすごく大きなパラダイムの転換なのです。
「医者にとって……大きなパラダイム転換」、この言葉はとても重く、病院完結型医療から地域で治し支える地域完結型医療への再編を考える時、最も難しい転換が医学教育の転換、たとえば死を敗北とみなすような価値観の転換であることを示唆しています。
QODを高める医療
QOD、すなわち死に向かう医療の質を高めるためには、医療と介護が一体となって、地域包括ケアというネットワークの部分をしっかりと整備し、患者が信頼する「かかりつけ医」が身近にいて、そのかかりつけ医と家族と当人が、繰り返し、みなさんご承知のACP⁶⁵――Advance Care Planningについて話し合いながら進めていくことができる体制が準備されないと難しいということになります。
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日本と違って、「認知症患者数が減っている国」がしていること【認知症専門家が解説】
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Q. 認知症患者数を減らすことができた国があるって本当ですか？
日本国内では認知症患者数の増加が問題になっていますが、海外では患者数を減らすことに成功している国があります。わかりやすく解説します。
Q. 「認知症患者数が減っている国があると聞きましたが本当でしょうか？ 予防できるものなら認知症を予防したいです。どんなことをして認知症が減っているのか気になります」
A. 本当です。減少傾向の国から学べることを考えてみましょう
日本国内の認知症患者数は、増加の一途をたどっています。2023年現在、65歳以上の高齢者の認知症患者数は600万人を超え、このペースで推移すると2040年には約800万人、2060年には約850万人になると推定されています。
さらには、認知症の発症と関連する糖尿病や高血圧などの基礎疾患患者数も増えていることを考慮すると、2040年には約950万人、2060年で1150万人に達するかもしれないというショッキングな予想もあります。
また、認知症の最大リスクは「年齢」と言われています。厚生労働科学研究費補助金によって行われた認知症全国調査のでータでは、年齢階級別の認知症発症率は、70〜74歳で4％、75〜79歳で14％、80〜84歳で22％、85〜89歳で41％、90〜94歳で61％、95歳以上で80％と報告されています。
つまり、長生きすればするほど、認知症が起こりやすくなるのです。「認知症にならないためには早死にしたほうがいい」という笑い話があるくらい、年をとれば誰でも認知症になってしまうように思われます。
しかし、驚くべきことに、近年欧米諸国では認知症患者数が減っています。決して寿命が短くなっているわけではありません。国をあげての施策が功を奏した成果だと言われています。
2013年の国際的学術誌『Lancet』に、イギリスの75歳以上の高齢者に占める認知症の割合が、過去20年間で減少したというデータが発表されました。
その20年間でイギリス国民の平均寿命はおよそ3年延びたにもかかわらずです。その理由を知ることができれば、日本でも認知症患者数を減らすことができるかもしれません。
イギリス政府は2007年に、“What's good for your heart is good for your head.”（あなたの心臓に良いことはあなたの頭に良い）というスローガンを掲げ、生活習慣の改善によって心血管系の病気を防ぎ、認知症のリスクを減らそうという国家戦略を進めたのです。特に、「禁煙」と「高血圧の管理」を推進したそうです。
イギリスではタバコが1箱1300円程度とかなり高価だったためか、喫煙する人の割合は日本と同程度でも、喫煙の本数は日本の3分の1程度と少なくなっています。
血圧のコントロールには、減塩が有効と考えられていますし、近年の研究から過剰な食塩摂取が認知症を引き起こすことが示唆されています。そこで、イギリス政府は国民に減塩を呼びかけるとともに、食品メーカーに働きかけて販売される食品の塩分含量を減らしたそうです。
また、イギリスは予防医学を推進しました。日本の医療では、病気になった人に治療を行うことで診療報酬が与えられますが、イギリスでは、血圧や血糖値等を定期的に測定し、病気を発症しないような予防的指導をした場合にも診療報酬が支払われる制度が導入されたそうです。
さらに、オランダ、アメリカ、スウェーデンなどからも認知症患者数が減少傾向にあるという同様の報告がなされています。すべての国に共通しているのは、生活習慣の改善に重点を置いたという点です。
本当にそれが良かったのかどうかは不明ですが、事実として認知症患者数が減っているのですから、大いに参考にすべきでしょう。
治療薬の開発や介護制度の充実など、認知症になった後の対策だけでなく、イギリスをはじめとする諸外国のように、我が国も重点政策として認知症予防に本気で取り組むべきではないでしょうか。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
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