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2022年07月20日18:01

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【バレエ】「キエフ・バレエ・ガラ2022」(7月18日八王子公演)

今冬から新春にかけて、ウクライナ国立歌劇場のバレエ団、管弦楽団、オペラ・チーム総勢200名からが来日し、本格的な公演を開催することが表題公演の会場でアナウンスされた。

現時点での概要は次の通り。
https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/

またこれを機に、光藍社は長年使い続けてきた「キエフ」の名称と決別し、「ウクライナ国立」に改めるそうだ。

2014年のクリミア紛争(これも実態はロシアの侵略行為だが)以後、キーウにすべきと言い続けてきた者からすれば、おせーよという気はするが、知名度のある歴史的名称を改めることのリスクも理解できるので、世間の耳目を集めている今、機を逃さず変更に踏み切った光藍社のスタッフは、仕事と真剣に向き合っていると言える。どこかのやる気のない事務局とは大違いだ。


光藍社が今回の夏ガラ・チケットの販売を開始したのはロシアの侵略が始まって以降だったので、いくら贔屓のバレエ団だからと言って被災国のバレエを楽しんで良いのだろうか? 仮に来日できたとしても、ダンサーたちはどのような想いで舞台に立つのだろう? と躊躇しているうちに、希望席は売り切れてしまった。

バレエ・ファンというよりはウクライナに同情している人々が殺到した結果だから、ここの常連ファンとしてはちょっと複雑な心境ではあるけれど、ロシアのプロパガンダにまんまと踊らされてウクライナを非難したり、無関心でいられるよりはいい。

その後も未練がましくチケット・サイトを覗いていたら、ある日ぽつんと1席、出戻り席がおいでおいでしていた。

しかし喜んだのも束の間、稚拙で卑劣なロシア軍の攻撃(これについては日記を改める)により民間人の犠牲は増え続け、国内に目を転ずればコロナの感染も再び拡大していることから、観に行くべきか再び迷うようになった。

公演の数日前、所用で池袋駅の地下構内に足を運んだが、高齢者との接触機会のある身としてはあまりの人出に不安を覚えたほどで、しかも18日は3連休の最終日だから、往路はともかく帰路は気の緩んだ行楽客で電車内が混雑するのは想像に難くない。よってとりあえず車で行き、駐車場が確保できなければそのまま帰ることにした。

ところが蓋を開けてみれば、往復とも高速を避けての下道の迂回路に渋滞はなく、駐車場もあっさり確保、周囲に痛い観客はおらず、トークショーのおまけ付き。偶然取れた出戻り席といい、バレエの神さまには感謝しかない。でも、いくら日本には800万柱からの神さまがお住まいとはいえ、舶来もの代表みたいなバレエにも日本の神さまはおわすのだろうか。まさか召喚されたエルフではないよな。


今回の夏ガラの概要は次の通り。
https://www.koransha.com/ballet/kyivgala/

本国公演もままならないどころか、海外に避難したダンサーたちは、受け入れてくれるバレエ団があるだけまし、日々の練習も満足にできない人もいることだろう。トップダンサーのひとり、ムロムツェワさんですら、バレエを諦めてしまいかねなかった。中には銃を手に本国に残り、戦禍に倒れたダンサーもいた。

そんな彼ら彼女らが、なぜ日本に集まることになったのか。公式サイト冒頭にある「本公演の開催について」だけでも読んでみてほしい。

◎第1部

「ゴパック」
ネトルネンコ/バセンコ/クツーゾフ/ロマシェンコほか群舞

男性2人のコサックな踊りを想像する人が多いと思うけれど、ここのは男性4人に群舞まで登場する賑やかな作品。コサックと聞くと、ボルシチ同様ロシアのイメージがあるが、実はウクライナの舞踊なので、ダンサーたちが着ているのもウクライナの民族衣装。厳密に言うと、ウクライナの踊りとしての名称は「ホパーク」、振り付けたザハロフはロシア領南部アストラハン州の出身者だが、「ソ連時代」の人だからよしとしたのだろう。

「ラ・シルフィード」よりPDD
パンチェンコ/ガブリシキフ

タリオーニ版はパリオペのだし、今回演じられたブルノンヴィル版もデンマークのもの。パンチェンコさんはいまフィリピエワさんが注目する若手で、シルフというには綺麗系のお姉さん的風貌だが、表情豊かで小悪魔的な笑みが可愛らしい。

「ディアナとアクティオン」よりGPDD
ムロムツェワ/スハルコフ

プティパの挿入振付だが、彼はフランス人だから、これもセーフなのだろう。ムロムツェワさん、スハルコフくんとも無事ではあったけれど、笑顔は少なかった。

「海賊」より花園の場
ミクルーハ/パンチェンコほか群舞

今はプティパ版をルーツとする改訂版が主流とはいえ原典はパリオペだし、今回の縛りは「チャイコフスキー」のようだから、この演目もよしとしたのだろう。ミクルーハさんも注目の若手で、去年バレエ学校を卒業したばかり。日本人が見ても子供に見える童顔だが、背は低いわけではなく、首から下はすらりとした手足の長いバレリーナ体形。群舞に日本人4名が混ざっており、日本のバレエ団の子かと思ったら、正規の団員らしい。ウクライナ人の踊り手たちと比べても遜色はなく、改めてバレエにおける指導者の大切さを感じた。

◎第2部

「ひまわり」
チュピナ/ビドゥナ/土方/田端/宮川/福間/ピエルノ/マリグリアーノ

タイトルはわからないが、聞き覚えのある葉加瀬さんの曲を使い、副芸監の寺田さんが振り付けた作品。カラフルな衣装のダンサーたちが笑顔で古典の基本的なステップを踊り、最後は男女がむつまじく去っていく様子から、ウクライナの「戦後」、明るい未来をイメージしているのだろうかと思ったら、本当にそうだった。

「サタネラのGPDD」
ミクルーハ/パラマルチューク

一応フランスの小説を題材とした作品だからいいのだろう。とはいえ、プティパ/帝政ロシア/ソ連がバレエに与えた影響の大きさを再認識させられる。ロシアのバレエを敬愛する者としては、日々のニュースが本当に辛い。

「瀕死の白鳥」
フィリピエワ

ロシア人がロシア人のために創った作品だが、国籍を超越した演目ということなのだろう。あるいはそういうメッセージも込められているのかもしれない。死にかけた白鳥が息絶えるまでを描いたこの作品、達観した穏やかな末期を表現する人もいれば、生命の火が消える瞬間まで抗う人もいる。今回のフィリピエワさんは後者、それもこれまで観たことがないほど「生」を諦めず、最後の最後、こと切れる直前まで、死神に戦いを挑んでいるかのようだった。

「バヤデルカ」第2幕より
(たぶん)全員

ガラ公演の締めとしては恰好の作品・場面だとは思うが、チャイコフスキーの3作品に匹敵するロシア臭がめいっぱいする演目であり、タイトルも従来通りソ連/ロシア式。誰がチョイスし、どのような意図、メッセージが込められているのだろう。

観客席は、いろいろな意味で大盛り上がりだったが、一バレエ公演として冷静に眺めると、微妙な舞台だった。

戦力の分割さえなければ、その実力はロシアの二大バレエ団にも比肩しうる、というのがシェフチェンコに対するお師匠さまと私の評価だが、今回はどのダンサーも踊りの精彩に欠け、足音もするなど、キレも滑らかさも以前ほどではなかった。戦禍を逃れてきた彼ら彼女らは、トレーニングも十分にできなかったのだろうと思うと、待ちわびていた舞台を観ているのに涙が止まらなかった。


◎カーテン・コール

カーテン・コールが繰り返されるうちに、「ダンサーたちからの要望により、記念撮影をしたいと思います」とのアナウンス。詳細はこちらをご覧いただきたい。
https://www.instagram.com/p/CgJglcyPsZ7/?igshid=YmMyMTA2M2Y%3D


◎トークショー

終演後、フィリピエワさん、スハルコフくん、パンチェンコさん、寺田さんの4名が、あらかじめ用意されていた質問に答えるという形式で、冬公演決定の告知もなされた。

寺田さんは「ひまわり」の振付・演出を担当しただけでなく、散り散りになったダンサーやバレエ学校生たちに避難国での居場所を確保したり、日本側との様々な調整に奔走していたという。そのあたりのことはプログラムの桜井さんの記事に詳しい。

またダンサーたちは参集できたものの、衣装や舞台装置までは持ち出せなかったので、衣装についてはアトリエヨシノが全面的に支援していたということを付記したい。

Q&Aの内容は、今回の日本公演の感想など、あたりさわりのないものが主だった。我々バレエ・ファンの知りたいのはデリケートなことだから、それも仕方がないだろう。その中にあって印象的だったのは、寺田さんの「ひまわり」に込められた想いと、「瀕死の白鳥」から感じたイメージが間違いではなかったことを示唆するフィリピエワさんのコメントだった。そして冬公演では、万全な状態で舞台に臨むつもりだ、とも。


医療の専門家によると、マスクをしていると熱中症になりやすい、というエビデンスは今のところ無いそうだ。そして今回ほど、マスクをありがたく思ったことはない。ダンサーたちの中には、家族や親戚、同僚を祖国に残し、さらには戦禍で亡くした人もいるだろう。そう思うと、幕が上がる前から涙腺が決壊しそうになり、「ひまわり」「白鳥」を観る頃は、マスクの中は鼻水と涙の洪水になっていたからだ。

芸術は目の前にいる敵を直接倒すことはできない。でも、辛い思いをした人々の心を癒す武器になる。また「ウクライナのバレエ」を後世に伝えるのも、彼ら彼女らの役目だ。バレエ・ダンサーの戦いは、戦後に始まる。どうかそれまで皆が無事でありますように。
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