「知る無きに如かず」(『宋名臣言行録』)
宋という国は軍事は歴代中国王朝では最も弱かったといえるかもしれないが、経済については最も強い方になるのではないかと思う。同時に文化の方も気を吐いている。
この王朝は「科挙」と「党派」に代表される官僚エリートの時代だった。
宋の2代目の皇帝の時代、呂蒙正(りょもうせい)はスピード出世し、宰相になった。そのため、他の臣から随分と妬まれた。
御簾の影から、悪口が聞こえた。
「こんな奴が宰相とはねぇ。」
呂蒙正の同僚は
「けしからん奴だ。あいつの姓名と官名を調べてやろう。」
と息巻いた。
すると呂蒙正は
「やめてくれ。もしわしがその男の名と官名を知ったら、生涯忘れられなくなる。なまじ知らない方が良い。人を問い詰め無かったからと言って、こちらが損をする訳ではない。」
と言った。
彼のこうした発言は更に評判を高めたという。
この一言で、彼は組織と他人と自分を活かすことが出来た。実に見事だ。実際、頭では分かっていても、普通感情の方が先走ってしまうものである。怒りとは相当のエネルギーを使うものだ。分かって怒るのと、我を忘れて怒るのとでは、効果はまるで違う。こういうときこそ損得勘定で判断した方が良い。そうすれば、無駄な怒りは避けられよう。
怒りの無駄遣いという点ではこんな身近な話もあった。
先日市営のスポーツセンターの室内器具で、ある人がずっと使っていたが、
用でも足しに行ったのだろう、荷物を器具の上に置き、退室した。
すると、別の人が来て、あろうことか、その器具の上に乗っていた荷物をどかし、ちゃっかりとその器具を使い出した。
退室したその人が戻ってきて、横奪りされたことに気づいた。
「ちょっと。もしもし。」
と後から来た方は聞こえないふりをしている。
声を段々と大きくし、しまいには押し問答になった。
結局後から来た方が返す形になった。それでもまだぶつぶつと言い、往生際悪く去って行った。
自分は一部始終、このトレーニングルームを周回するトラックでジョギングをしながら見ていた。このルームは全部ガラス張りなので、よく分かるのだ。
勿論横奪りした方が悪い。しかし自分がされた側であれば、
「こいつはこういう失礼なことをする奴なんだ」
と理解して、同じような器具は幾つもあるのだから、そちらに行っただろう。こういう失礼な人間に常識を説いたところで無駄な努力であり、それに対しいきり立つのは更に無駄な怒りの情念だと思う。
それでも怒りが収まらないのであれば、管理人室にでも行けばいいのだ。
『宋名臣言行録』は或る意味人の上に立つ立場の人向けに書かれたものだが、市井の我々にも色々な知恵を教えてくれる。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
関連の言の葉
「腹が立ったときは10まで数えよ。うんと腹が立ったときは、100まで数えよ。」(トマス・ジェファーソン、アメリカの大統領)
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