�検ゴ饅兒�
―「魂とはな、わしらが航海で真っ先に投げ出す積荷さ。
そして、どこでなくしたかをたずね歩いて、残りの生涯を送るのさ」
マイクル･ムアコック『タネローンを求めて』―
日曜の都内の公園。
ジャグラーやパフォーマーが様々な芸を披露してる中に、一人の奇術師が数人の子供に奇術を披露していました。ダイスを使った奇術やカードを使った奇術、コインの奇術と一見ありふれたモノばかりで大人は足も止めず、見ている子供も時間が経つにつれ一人、二人と数を減らしていきました。
そこへ初老の男が通りかかりました。男は草臥れた雰囲気で妻と子を持つ大学の理学部助教授。
周囲が黄昏る中、最初は他の見物人と同じ様に冷めた目で奇術を眺めていましたが、初老の男の瞳は、奇術が進むにつれ輝きを増して行きました。
そして、客が初老の男一人になった時に、彼は意を決して奇術師に語り掛けました
「君、それは手品やトリックではなく本物の魔術や魔法の類だね？」
「小生の能力を理解できる方がいらっしゃるのですね？そうですこれは本物の幻術の御業です。
今では手品やトリックの類と一緒にされて誰も見向きも致しませんが、確かに本物です。」
「そうかやっぱりそうだろう、私は物理学の助教授だ、君の奇術はどうしても然るべき物理法則に当てはまらないし、物理的なトリックでは不可能だと思ったんだよ。
他にも色々出きるかね？」
「可能といえば可能ですが、小生の意思では不可能です。
自らの意思で他人の運命を変える御業は禁じられてる故、小生一人では手品と同程度の幻術しか行えません。」
「つまり、他人が望めば小技ではない、大きな幻術が使えるんだね？」
「仰るとおりです助教授。」
「運命を操るとか、禁忌と言ったが、君は神に仕える天使なのか、魔王に使える魔人かどちらかかね？」
「それは助教授のご想像にお任せします。」
「よろしい、一緒に来たまえ」
助教授と奇術師は個室で軽い食事をし、その後色々話し合いました。
まず第一に助教授は奇術師の幻術と存在を論文に纏めて学会に発表しようと思ったが、それは少し話を進めた時点で不可能な事が解りました。
幻術を証明する為には人類の心理学、解剖学、生理学があまりにも原始的で、超自然的な現象と生理解剖学的な幻視、幻覚、幻聴の区別が不可能なのです。奇術師の御業が幻術なので物理的な証拠を残せず再現性が無いのも、助教授を大きく落胆させました。
それに超自然現象や魔法に関わる発表は学会では禁忌、マスコミからも最初は好奇の対象として受け入れられますが、最終的には叩かれて誰にも相手にされなくなります。
第二に株式や債権、先物取引で稼ぐ事を考えましたが、これも難しいと言う結論に至りました。
奇術師は目の前に居る人に幻術は見せられても、遠く離れた人や直接対峙しない人物には幻術が掛けられなかったのです。世界の金融を司る人物が全て奇術師の前に現れる、という状況を作り出すのも、果てしない時間が必要だと言う事に気付いたのです。
最終的に、助教授が仕入れた輸入雑貨を奇術師が付加価値を高めて売る、という非常に単純な手段に落ち着きました。助教授は出来るだけ国内では扱っていない品物を取り揃えるようにして店頭に並べました。奇術師は店頭に立ち販売に勤しみました。
奇術師によって商売は好調で、品物は輸入する端から全て売り切れていきました。更に情報が早い今のご時世です、盛況が更なる盛況を生み、時にはパニックに近いくらいの客が押し寄せる時もありました。
同業者が同じ商品を輸入するのですが、助教授の店の様な爆発的な売れ行きはありません。
暫くして、店に関する噂や風評がインターネットや街角で囁かれる様になり、
「あの店で買った塩を使ってから、男の人が料理を食べに部屋に来てくれる」
「あの店の香水だったら、学校の先生が何も言わない！校則じゃ禁止なのに・・・」
「他の輸入雑貨や通販は安いからきっと偽物ばかり」
果ては嫉みからか、
「あの店の製品だけ売れるのはおかしい、税関を通過した後に店が細工をしてるのではないか？」
と、同業者による空き巣や警察の家宅捜索に何度も悩まされる事になりました。
助教授は僅かな元手で天文学的な収入を得る事に成功しましたが、
公正取引委員会の査察と、高額で商品を買わされた客が集団訴訟を起こす頃になると、自宅から妻と子の姿は消えてしまいました。
助教授（既にその肩書きも失っていましたが）が始めて裁判の被告人として出廷する前の晩、再び奇術師と二人きりで話をする機会が出来ました。
「君は店での幻術以外にも、品物に何か魔法を掛けたのかね？」
「いえ助教授、小生は店での幻術だけを使っていました。流言飛語が流布したのは自分の行為に対する動機付けの為で、魔法ではなく人間の本能ですよ。」
「なるほど、”自分が損をしたくない、いや損はして無かったんだ”という理由が別の幻覚を見せたわけだね。」
「その通りです助教授。」
「では私を訴えたのはその動機付けに失敗した連中と、損を被った同業者の連中と言うわけか、
君には動機付けまで完璧にする幻術を頼んでおけば良かったよ。」
奇術師は軽く微笑んだように、首を横に振った、
「いえ、小生と貴方が始めて会った時、貴方の魂の重さでは店での幻術が限界だったのですよ、残念ですが。
しかしながら今の貴方は他人の憎悪と怨讐に囲まれて、昔とは比べ物にならない程に光り輝いています。」
「そうだろうね、私は色んな物を失ったが気分は悪くない・・・・、
奇術師、君はこれから先も見てみたいかね？」
「はい助教授。」
「では明日の裁判は、君の御業には一切頼らない事にしよう」
by 拓也 ◆mOrYeBoQbw
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