退院後に赤のコート型ジャンパーを買った。 部屋の隅っこには子ども部屋にあるようなコート掛けがあって、そこにダウンジャケットやダウンベストなどを吊り下げているのだが、ジャンパーを見るたび、旅に出たくなる。 昨夜はYouTubeで寝台特急出雲&瀬戸
昨日は3連休の3日目。通常の3連休だと観光客数は2日目から半減するのだが、意外と人出が多い感じだった。午後3時にラズリを連れて散歩に出て、駅近くの寺に行くと、蝋梅がわずか一輪だが咲いていた。蝋梅は一日にして成らず。 で、ハプニングはその3分後に
午前11時、やや重い腰を上げてマーマレード作りを始めた。ご近所さんから夏みかん10個をもらったのだが、全部は食べきれない。先祖返りをした夏みかんか、と思うほどに酸っぱく、しかし砂糖を掛けて食べるのも不健康な色合いなので気が退ける。 3個の夏み
朝9時半、NTT電話が鳴ったので、出てみたら叔母からだった。年賀状に年末は入院してました、などと近況を書いたので、心配になって電話をしてくれたようだった。 父母の世代で唯一、生きているのがこの叔母で85歳。亡くなった父とは14歳離れている末娘だ
小学校6年の正月10日まで、実家は毎年、十日戎(えべっさん)に詣でるのが慣わしだった。父はメーカー勤務のサラリーマンなので「商売繁盛、笹持ってこい」を掲げるえべっさんに信心があるあけでもなく、御利益を願う気持も薄かっただろう。それでも私たち
午後3時、ラズリと散歩だ。あまり長距離を歩きたくないので、うちから500メートルほど離れた小さなお寺へ。ラズリはいつもお腹を空かせていて道草を食むのが趣味なので、へんなものを食わないようにと、私はいつも下向きでラズリの背を見ながら歩いている。
毎年のことながら、ご近所さんから夏みかんをいただいた。今年の夏みかんはいつも以上に酸っぱいので入浴剤代わりにでもしてください、とのこと。酸っぱいもの好きなので、普通に皮を剝いて砂糖も当然掛けずに食べてみると、口全体に痺れが広がるほど
昨夜、『あの日、あの味〜「食の記憶」でたどる昭和史』(月刊望星編)を読み始めた。66人の著名人・文化人が思い出深い食について綴ったエッセイ集で、ほぼ年代順に再構成されている。昨日は昭和元年から20年までの「食うことが大変な時代」を振り返った15
退院後の診察は1月11日予定だったが、我慢できず、病院の正月休みが明けた本日朝8時半、病院に行くべく電車に乗った。土曜日ということもあって、座ることができた。 受付は午前9時から正午までなのに、既に待合室は満席状態。これならもっとゆっくり家
1月3日。 まだ年賀状を書いている。 午後3時にラズリと20分ほど散歩したあと、先月にブックオフで買った黒井千次著『高く手を振る日』を一気に読んだ。 ★ ★人生の行き止りを意識するようになった浩平は、雪の日に一度だけ接吻を交わしたこと
昨夜は参った。術後の痛みが戻って来て、ベッドの上で七転八倒状態だった。 年末の夜、私もよく知っている友人の友人が癌の化学療法による苦痛から、かかっている病院に電話するも、「ただ今、急患が多くてあなたの治療まで手が回らない」と断れたことを思
昨夜午後11時50分、石油ファンヒーターの換気がてら南と西それぞれの窓を開けた。 あちらこちらの方角から除夜の鐘が聞こえてくる。空を見上げると満天の星で、南より少し西にオリオン座が見えた。しばし考える人のふりをする。が、何も考えていなかった。