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2008年05月04日09:57

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旅行記(34:モンゴル<12> さよならパーティ)

(八日目 夜〜深夜)
 
夜になり最後の晩餐会というような感じで、さよならパーティが行われた。
場所は着いた初日の昼食を食べた遊園地近くのお店である。
この場でも現地の旅行会社のお詫びを兼ねたものでもあり、食事は豪華であった。(日本食も付いていた)
実質的に全員が集まる最後の場所であるため、とにかくビールを飲みまくり少し騒ぐ感じだった。
 
その後ホテルに戻り、帰国へ向けての荷造りを開始した。
(ホテルに泊まりはしないのだが、出発時刻まで宿を押さえてある)
ただし一昨日のトラブルの際に混乱が起きていたため、荷物がどこにあるのかよくわからない状態になっていた。
(ウランバートルへの緊急移動が空路と陸路で分かれたため、持ち主と荷物がバラバラになった)
持ち主のわからない荷物は一旦添乗員さんの部屋にまとめられていたのだった。
全員、添乗員さんの部屋に行き、自分の荷物を引き取りに出かけることになった。
実際に自分自身も忘れていた細々とした荷物が、添乗員さんの部屋に置かれていた。
それでも、持ち主がわからない荷物が残った。
おそらくあの時のフランスの医大生のものだろうという事で決着した。
持ち主不明または要らない物は、モンゴルの旅行会社の人に譲ることにした。
自分自身も、不用になった銀マットを譲った。(かさばって邪魔なため)
 
ホテルを出るまで、まだ2時間あまり残っている。
その時間はツアー客同士で住所交換をしたり、他愛の無い話をしたり過ごしていた。
 
AM0:30になりホテルを出発した。来た時と同じく深夜である。
空港に到着し、現地の添乗員さんともこの場所でお別れである。
早々と出国手続きを済まし、搭乗口へ移動した。
 
ようやく現地の添乗員さんがいなくなり、ツアー客と日本の添乗員さんだけの状況になった。
帰国直後の関西空港では全員集合する事ができないため、このウランバートルで解散式を行うことになった。
(関西空港で東京移動組は、帰国便から45分以内に帰国手続きと、羽田行きの搭乗手続きを済ます必要があり、
時間があまりにも足らないため)
 
この慌しかった三日間の状況の詳しく報告があった。
・お盆中でウランバートル直行便,中国経由便とも航空券が確保できないため、スケジュール通りの便に変更した
・様々な手続き等は近日中に知らせるとの事
 
…他にも様々な事務手続き的な話があったのだが、「楽しかった旅行云々」の話は一切無かった。
 ただし実質的にモンゴル騎馬トレッキングが終った後であったため、それはそれで良かったのではあるけれど。
 
AM2:00になり関西空港行きチャーター便の出発時刻が近づいてきた。
今回も送迎バスはなく、飛行機の搭乗口まで歩くことになった。(500m程)
事情を知らない、他のチャーター便の乗客からは明らかに奇異の目で見られ続けている。
自分達は既に慣れしまっているので感じなかったのだが、やはり一目でわかる程異常なツアー客の一団である。
 
AM2:30になり関西空港行きチャーター便が離陸した。
一週間振りの日本が感じられる飛行機の機内である。
普段は何とも思わないが、機内とはいえ今まで過ごしてきたモンゴル国内よりも生活レベルが高さを感じた。
機内のニュースでは、出発時に見ていた「玄倉川での遭難事故」のニュースが続いていた。
もちろん機内では「まだ続いていたのか…」という声が上がっていたほどである。
 
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旅行記:1999/8/21〜8/22(深夜)
写真: ウランバートルの夜景
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