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2008年01月27日17:43

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旅行記(22:小笠原<7> 父島出航)

朝起きると部屋の中は一人だった。
おじさんは朝から早々と宿を出て、仕事へ向かってしまったようである。
 
この日は土曜日であり、海上自衛隊の基地内に自由に入れるらしい。
話は本当で、自由に入れる事らしく中に入った。
中に入る人は、総じて釣りに来ていた人である。
特に岸壁が岩場で釣りに適しているとの事で、土日は基地内を開放してくれるとの事だった。
釣りには興味が全く無いため、基地内の岸壁を一回りして基地の外へでた。
 
3泊とも一緒だった同宿の人と、海で泳ごうとの事になり、
沈没した賓江丸が見える境浦の海岸へ行った。
二日間泳げなかったが、ようやく泳げたのである。
ただし気温は20度、水温もほぼ同じ。やはり二月であり寒かった。
一緒に来ていた人は、賓江丸へ向かって泳ぎに行ったのだが、
体が震えて来た事もあり、止めたのである。
 
境浦から戻り、宿をチェックアウトした頃、母島からの船が到着した。
父島ペンションで一緒だった人たちが港に再び集まったのである。
さっきまで一緒に海で泳いでいた人は、もう一航海小笠原に残るらしく、
(その日から、父島YH->母島と泊まるとの事)
他の人たちと一緒に島を出ることになった。
折角なので記念写真として一緒に写真を撮ってもらったのである。
 
14:00になり、父島から東京竹芝桟橋に向かって船が出港した。
二見港から、プレジャーボートも一緒に見送りのために出航した。
小笠原特有の見送りらしく、凄い感動した。
 
時速40Kmの船とプレジャーボートでは速度が全然違い、
島から離れるにつれて、一隻ずつプレジャーボートが全速力を出しても引き離されていくのである。
引き離される寸前に、
プレジャーボートに乗っている人が海にジャンプしたりして、結構驚かされるのである。
ある船では、おが丸に乗っている人と会話をしていたりという事もあるのである。
 
全てのプレジャーボートが父島に帰ってしまったあとでも、
ウェザーステーションからは、光のメッセージを送ってくれていた。
鏡に太陽の光を反射させて、おが丸に向けって送ってくれるのである。
父島から遠くに離れていても届くくらい強い光だった。
 
明日の東京は季節風が強いらしい。最悪である。

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旅行記:1999/2/27
写真: 境浦からの賓江丸
   おがさわら丸出航時、二見港側と逆側
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