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2026年11月04日06:27

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未読の作家の本を買うのが難しい

大阪にブックスファイブ駸々堂という書店がある。今も残ってはいるが、20年以上前、まだ漫画の単行本にビニール包装が導入される以前、この店は大阪で漫画を試し読みできるメッカのような場所だった。

平積みされた新刊を手に取り、絵柄やコマ運び、ストーリーの入り方をざっと確かめる。
気に入れば、平積みの下のほうからきれいな一冊を抜き出してレジへ持っていく。
当時、大阪の書店のコミック売上でもトップクラスだった記憶があるし、売上ランキングの調査元としてこの店舗の名を見ることも多かった。

ところが、単行本がすべてビニール包装されるようになってから、新しい漫画家との出会いはずいぶん難しくなった。
表紙と裏表紙だけでは判断材料としてあまりに乏しい。
もちろん、きれいな本が買えるのはよいことなのだが、その前段階である「買うべき一冊を見つける道」が細ってしまったのである。

私のような古手の漫画読みなら、まだ作者名だけで買うことができる。
「あ、I・S氏の新刊が出たのか」といった具合に、過去の実績や信頼で手が伸びる。たとえば板橋しゅうほう氏のように。
しかし、未読の作家となるとそうはいかない。

漫画喫茶へ行けば未読の作家も読めるには読める。
けれど実際には、つい自分が追いかけている作品や、すでに定評のある作品のほうに手が伸びてしまう。
結局、立ち読み感覚で未知の作品に触れられるのは、オンラインのコミックサイトの無料公開分くらいになってしまう。

だが、これもまた別種の難しさがある。
作品数が膨大すぎるうえに、他人の動きが見えない。
駸々堂の平積みでは、山が薄くなっていくことで「いま人が手に取っている漫画」が自然に可視化された。
あの感覚は、オンラインではなかなか再現されない。

しかも最近は、こうした傾向が漫画だけの話ではなくなってきている。
文字の本、たとえば文庫本の小口(開く部分)にシールが貼られていて中を読めないことがある。
これはかなり心配な流れだと思う。
漫画にせよ文庫にせよ、表紙だけでは分からない。
文章の調子、語り口、導入の呼吸、そういうものに触れて初めて「これは読める」「これは自分に合う」と分かる本は多い。

そう考えると、未読の作家の本を買う難しさは、単なる情報不足ではない。
書店という場にあった、偶然の出会いと、試しに触れてみる自由が失われつつある、ということなのだろう。

定評ある作家は、目の肥えた読者に応える方向へと進んでいく。
それは悪いことではないのだが、ときに作品が少しずつ難しくなっていくことでもある。
その一方で、新しい作家に入っていく導線は細くなる。
その結果、本の世界そのものが、少しずつ閉じていくのではないか――そんなことを思う。


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