これは、ナチス政権下のドイツで、反逆罪で処刑された“最年少レジスタンス”ヘルムス・ヒューブナーの抵抗運動を描くヒューマンドラマ。
監督・脚本は2002年にヘルムス・ヒューブナーのドキュメンタリーを製作したマット・ウィテカー。
1941年、ドイツ。16歳の少年ヘルムス・ヒューブナーは、教会や学校で感じる圧迫から、ヒトラーの圧政に疑問を持つようになる。
ヘルムスは、出征した兄の置き土産である短波ラジオで、禁じられている国外の放送を聴き、国家が隠蔽する戦争の実態や残虐行為を知ってしまう。更に、ユダヤ系の友人が連行された事で、ヘルムスは黙っていられなくなり、国家の嘘を暴くビラを町中に配り、人々に真実を伝えようとする……「真実は罪ではない。沈黙こそが罪だ」と――
だが、その行為は死刑もあり得る国家反逆罪であり、秘密国家警察も動き出すが……
これは、ナチスの圧政に、「真実」と「言論」で戦った少年の物語……その“戦う”武器は、真実を記したビラであり、同様に「言論」で戦った老夫妻を描いた映画「ヒトラーへの285枚の葉書」を連想した。
映画は、これは意外にも“青春映画”と言える内容を持っている……4人の仲間の中では体格でも行動力も劣るヘルムスが、“文才”と言う才能を開花させ、それを武器に権力と戦い、己の“正義”を貫く大人となって行く成長譚を軸に、仲間との熱い友情、淡い恋、そして迫る“敵”との攻防のサスペンス、と言う娯楽性をもしっかり持たせてエンターテイメント作品になっているのには感心した。
ヘルムスへの拷問シーンは思わず声が出そうな生々しいものだし、仲間を“売る”痛みに、最後にはギロチンによる処刑シーンまであるが、流血シーンは抑えられ、全年齢が観られるようになっているのも評価すべき所と思う。
この映画ならではの展開は、ヘルムスの弁護士は勿論、途中から秘密国家警察の担当官までもが、ヘルムスに同情的になり、その助命を画策する事……ナチスを一方的に“悪”と決めつけない所は本作の美点と思う。
気になったのは、やはりアメリカ映画と言う事で、台詞が英語となっている事で、こうした映画は少なくはないが、やはり違和感は感じた。
また、ヘルムスら4人の少年は当時16〜18歳……ヘルムスを演じたユアン・ホロックスも悪くはないのだが、エンドロール出た本人の写真を見るともっと子供っぽい容貌であり、“最年少レジスタンス”を印象つける意味でも、より少年っぽい俳優の方がよかったように思う。
ヘルムスは死刑の判決を受けるも屈せず、判事に向かって「次はあなたの番だ」と言い放つ――事実、後にこの判事はニュルンベルク裁判で裁かれる事になる――そう、それが「真実」の持つ力なのだ。
だが、この戦いは未だ終わらない。映画の最後を締めくくるのは次の言葉だ。
「支配に対する最大の抵抗とは真実を語ること」
それが、アレクセイ・ナワリヌイの残した言葉だ、と言う事に、この世界のあり様について考えさせられる。
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