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2026年09月24日00:00

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映画『大統領のケーキ』

『大統領のケーキ』(イラク・アメリカ・カタール)
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港を背に雄鶏を抱く少女を配したフライヤーには「名誉ある“宿題”は、甘いケーキを作ること」という一文が添えられている。その穏やかな印象からは想像もつかないほど、本作は胸に重苦しい感情を残す。
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舞台は湾岸戦争前夜のイラク。1990年のクウェート侵攻を契機に国際社会から経済制裁を受けたサダム・フセイン政権は、食料や生活物資が慢性的に不足し、市民生活は極限まで疲弊していた。主人公は祖母と暮らす9歳の少女ラミア(バニーン・アハマド・ナーイフ)。学校から命じられた「大統領の誕生日に献上するケーキ作り係」という一見牧歌的な課題は、実際には独裁国家が子どもたちにまで忠誠を強いる政治儀式にほかならない。問題はその「名誉」が、日々の食事すら満足に確保できない家庭へ無慈悲に押し付けられている点にある。小麦粉、卵、砂糖……本来ならありふれた食材であるはずのものが、制裁下のイラクでは容易に手に入らない。冒頭で描かれる給水場の光景だけでも、この国の日常が既に戦争によって壊されていることを物語る。
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ラミアが暮らすメソポタミア湿地帯は、聖書では「エデンの園」とも伝えられる土地であり、かつては豊かな自然と自給自足によって支えられてきた水の都だった。しかしフセイン政権は反政府勢力への報復として湿地を干上がらせ、その共同体そのものを破壊した。本作はその歴史的事実を説明的には一切語らずに、少女ラミアの日常のみを通して、史実を静かに浮かび上がらせる。
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誕生日ケーキを献上できなければ、自分のみならず祖母にまで重い罰が下されることを知っているラミア。だが、大好きだった祖母が自分を養子に出そうとしている事実を悟り、思わずその場から逃げ出してしまった。そこからはケーキの食材探しを巡った小さな冒険が進行していくのだが、その実態は生き延びるための漂流。父の形見である懐中時計と、友達雄鶏のヒンディを抱えて町へ飛び出したラミアは、行く先々で大人たちの欲望や無関心に晒される。弱者はさらに弱い者から幸を奪う。その構造は町の店主にも商人にも警察にも浸透しており、この世界では善悪よりも、生き残ることが優先される現実だけが支配している。その冷酷さは行方不明になった孫を必死に捜す祖母に対しても例外ではなく、彼女は心労と病気で倒れてしまった。
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興味深いのは、本作が独裁体制を単純な暴力装置として描かずに、もっと根深い部分に言及している点にもある。町中を埋め尽くすフセインの肖像画や写真、市民が口にする大統領への賛辞は熱狂ではなく恐怖によって維持されている。誰もが権力を憎みながら、その権力を称賛し続けなければ生きていけない。そうした抑圧が社会全体に浸透した結果、人々は国家への怒りを表に出せず、代わりに自分より弱い存在へ暴力や搾取を向ける。この作品が見つめるのは独裁者そのものではなく、恐怖による支配が人間の倫理を崩壊させ、少しずつ侵食していく過程にあるのだろう。
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出演者の多くが演技未経験者だというが、ラミアを演じたバニーン・アハマド・ナーイフの存在感は圧倒的で、ほとんど笑顔を見せない役柄でありながら、その真っ直ぐな眼差しだけで、不安や怒り、諦め、そして僅かな希望までも観客へ伝えてしまう。幼い少女が時代に翻弄される姿を「演じる」のではなく、その場所に「生きている」と感じさせる稀有な存在感。演技未経験だからこそ生まれたリアリティなのか、それとも彼女自身が本来持っている資質なのか。少なくともスクリーンの中では演技を見ているという感覚を最後まで持つことはなかった。
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1991年当時に日本で報じられた湾岸戦争は、多国籍軍による空爆や軍事作戦が中心であり、イラク市民の日常に触れる機会はほぼ無かったと記憶する。国家や軍事ではなく、市井の人々の視点からあの時代を記録しておこうとする本作は、今年で35歳になるハサン・ハーディ監督にとっても、自身が直接経験していない時代を、映画として継承しようという目的があったのではないか。
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エピローグで映し出される当時の記録映像にも戦慄する。絶対権力の恐怖が社会全体へ浸透したとき、人は生き延びるために他者を切り捨て、その暴力を無意識のうちに再生産する存在へと変質していく。その連鎖を9歳の少女の視線だけで描き切った本作は、湾岸戦争を回顧する歴史映画ではないが、権力が人間性をいかに蝕んでいくのかを見つめた極めて普遍性の高い政治寓話になっていると感じた。
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だからこそ数少ない優しさが胸を打つ。ラミアとクラスメートのサイード(サッジャード・モハンマド・カーセム)の無邪気な交流、雄鶏ヒンディとの深い絆、祖母とラミアのために帆走する郵便配達員のジャシム (ラヒーム・アルハジ)。荒廃した世界で辛うじて残された人間性の象徴の中でも、とりわけ感動的なのはラミアとサイードが交わす「まばたきゲーム」だった。単なる子供らしい無邪気な遊びに過ぎないことを、ハサン・ハーディ監督は物語全体を貫くメインモチーフへと最後に転化させている。クライマックスで再現されるこのゲームは、説明も言葉も超えて感情を相手に伝える行為として、激しく魂を揺さぶる。

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