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2026年06月12日09:04

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空き地のあった頃

西岸良平『三丁目の夕日』の単行本ではなく、コンビニなどで売られている、もう少し紙質のざらっとしたアンソロジー版の「むかしの遊び」編を読んだ。
ベーゴマ、おままごと、パチンコ(Y字型の、石を飛ばすあれ)、缶けり、千代紙・折り紙、チャンバラごっこ、リリアン、落書き……。
もう、懐かしすぎる。

子どもの頃、缶けりでいちばんドキドキしたのは、捕まった仲間を助けるために、鬼(看守役)の目を盗んで缶に突進する時だった。
見つからないように様子をうかがいながら、一気に走り出すあの感じ。
あれは本当に胸が高鳴った。

この漫画には出てこなかったけれど、鬼ごっこにもいろいろなローカルルールがあった。
高学年、たぶん小学三年生以上くらいになると、本気で走って、鬼にタッチされたら交代で鬼になる。
でも、もっと小さい子相手だと、追いかけ回してキャーキャー逃げることはあっても、決してタッチしない。
そういう「コダマルール」のようなものもあった。
子どもなりに、年少者への加減や暗黙の了解があったのだと思う。

もちろん、時代が変わったことは大きい。
塾通いが増え、ファミコンをはじめとするテレビゲームが広がって、子どもの時間の使い方そのものが変わった。
けれど、それ以上に大きいのは、町の空き地というものがなくなってしまったことではないかと思う。
ああいう、子どもが勝手に集まって勝手に遊べる場所が消えたことで、外遊びそのものが減っていったのだろう。

そういえば、瓶入りの炭酸飲料の王冠を鉄切りばさみで加工して、手裏剣のようなものを作って飛ばしたこともあった。
あれは本当に木に刺さった。
今思えば、ずいぶん危ない遊びをしていたものだ。
でも、そういう危ない遊びをしていたからこそ、かえって危険に敏感になった面もあるのではないか、などと思ったりもする。
実際のところ、どうなのだろう。

西岸良平『三丁目の夕日』、これからもいつまでも昭和を届けてほしい。


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