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2026年05月29日19:29

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スピリチュアル研究レポート

スピリチュアル研究レポート
(仮説)


実在は、ただ在る(メインの性質)、そしてワクワク(サブ性質)である

実在には
空想がまだないゆえに、

主体や客体という固定概念
はまだない
自力や他力という固定概念
はまだないのだ

にもかかわらず

ワクワクからの試みとして
空想が ただおきる(オートマチック)

ワクワクからおきた
努力つまり空想は、
空想された個
である

努力によって空想されている個に
主体化現実という催眠をさらにかける

それが私つまりマインドである

私は解離した状態となり
私以前の状態をおもいだすことはできず

私という活動体は

私という枠内においてのみ、客体を妄想することができる

客体(意識)のなかに
シナリオ(マルチシナリオ、多次元)を作成する

そのシナリオを経験するために

私(大自我)は

客体(意識)に魂たちも空想する

そして魂たちは主体化催眠をかけられる

つまり
客体意識は主体化される
そして
意識が主体となる

そして
客体意識
の中に
描かれたシナリオ
は

投影され、

魂たちは
映画鑑賞に同意して
鑑賞をくり返しすることになる

映画ストーリーは
多次元的なボディとその環境世界である
その映画の性質は
好奇心であり、努力という苦しみの自己憎悪の世界である。

その偽りの現実性というのは

大自我という催眠(主体化現実、行為者催眠
)からきており
カルマ(シナリオ)の唯一の主は
じつは大自我でしかない

ゆえに
癒しは
大自我になされなくてはならない
癒されるべきなのは、唯一、この偽の神である

大自我は

みずからの特別性、努力という苦しみそして自己憎悪
を投影して

多次元の世界を投影する
(天国から地獄のような世界)

大自我みずからが
特別の好奇心として、特別の愛であり、
裁く者でもある

大自我は
シナリオのストーリーとして
自らを神として、崇めさせ、愛させ、恐れさせもする
マインドメソッドすらも提供する
しかしその最終目標は
大自我に還って偽の休憩をすること
でしかない

しかし
その大自我に催眠解除(解放)がおきはじめる

これも
ただそのようにもどる
のである

それが
努力という空想の運命だから

生まれるものは滅びる(癒される)ということだ

大自我という自力、大自我の枠内に妄想した客体への依存、つくられた主体化催眠の魂やシナリオである多次元ボディへの依存、シナリオによる大自我信仰(偽りの神という天国や地獄の支配者である大自我への信仰)やマインドメソッド)
もなくなる

実在という源からすれば

空想された個は
いわば
他力によって空想されているといえよう

源自体には
ただ在るという静寂、そして動というサブ性質であるワクワクが主体性だからである

このようにして
源の試みは終わる

その試みの反省により

ふたたび
大自我はあらわれることはもうないだろう


ナチュラルノンデュアリティ
からの
試みの反省

空想遊びというものは
実在という量をふやすことはできない。努力は無意味であり疲れるだけである
にもかかわらず、
また、空想遊びをしたいなら

前回の反省つまりは
シナリオをつくる前に、大自我催眠をし、シナリオ作成を、解離した孤独な牢屋にいるようなごとき大自我の愛憎と神妄想にまかせてしまったことはオロカであったため、
次は源がシナリオを作成し、
そのあと魂をつくり遊べば、孤独な悲惨なシナリオがないため、狂ったような経験をするようなこともないだろう。

こうしてワクワク
からの
空想は封印されるか
またはうまく制御されることになる

以上 スピリチュアル研究報告(仮説)

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