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2026年05月15日22:15

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週報(26/05/04〜) 福井<2>

(二日目)
今回の旅行のメインスポットとなる勝山市にある福井県恐竜博物館に向かった。
到着は9時を少し過ぎた時刻だったのだが、9時開館にも関わらず既に混雑していた。
この場所はアソビュー!による事前予約制が敷かれているのだが、意外にも現地でチケットを買う人が多いようでチケット売り場は大混雑。
アソビュー!によりチケット購入していたので、待たずにゲートからすぐに入場した。
 
エスカレーターを降りると「恐竜の世界」に突入する。
巨大なドーム状エリアに、大型恐竜の骨格標本と肉付けした個体、動く恐竜などが所狭しに並べられている。
見ていて圧巻なのだが、逆に展示しすぎなところもあり個々の個体をじっくりと見ることができない。
通路も広いのだが、お客さんでごった返しているので、移動もままならない。
 
このエリアの片隅に「地球の化学」ゾーンがある。
こちらは地層・鉱物エリアであり、完全に脇役となるエリアで人気がない。
しかし、一角にある誕生石エリアだけは女性が多く集まっていた。
 
地下階から上の階に戻る順路に沿って「生命の歴史」ゾーン
人類誕生までの歴史に沿って、時系列で標本を展示している。
こちらにも大き目の恐竜骨格標本があるものの、どちらかといえば小型の骨格標本が中心。
順々に見ていくだけなので、混んではいるものの人の流れに沿って行けばよいだけなので、苦にはならない。
 
これで展示は終了となったのだが、物足りない。
よく見てみると新館があるらしく、行ってみることにした。
特別展示室の3面ダイノシアターにてCG映像が流されていた。
動画がスムーズに動かずカクカクした感じのため、残念な展示内容になっていた。
前日のVRシアタールーム、その前の全周360度の船のシミュレーションシステム映像を見ていた事から、残念度合いが高くなってしまった。
これで全展示を見終えた。
11時直前にも関わらず、先程よりも混雑度が高まっている。
GW前半の平日ということで、近隣の学生による遠足スポットになっており、混雑が上乗せされている。
 
勝山駅に戻り、もしかしたら行かれるかもしれないと予め計画していた、京福バス経由で大野市に入る。
この大野市では、越前大野城に登城(山の上にある)することにした。
こちらも学生の遠足団体がおり、お城までの登城は団体に紛れ込んでしまい、引率の教師状態。
前日に丸岡城に登ったこともあり、このお城の中には入らず外観の観察だけで終わった。
登っている時に降り始めた雨が徐々に強くなってきたこともあり、長居はせず下山することにした。
 
お城前にあるレストハウスのような建物で昼食を食べようとしたのだが、観光案内所はあるものの飲食店はない。
また付近にも飲食店はあるらしいのだが、こちらも平日ということで観光客向けのお店は閉まっている。
昼食難民になってしまった。
このような事を想定して、ホテルの無料朝食を多めに食べていたのでよかった。
街歩きしようにも、お店が軒並み閉まっている。
この市内で観光するのは無理と諦めがついたこともあり、移動することにした。
 
本来は翌日に予定していた一乗谷へ行く事にした。
こちらも予め行かれたら行く予定にしていたのだが、観光可能な時間としてはギリギリなのだが、翌日が大雨+強風という事で外観光が向かない日である。
行動量オーバーな感じもあるが、行く事に決めた。
しかし、列車は4時間の谷間に嵌っており、運賃は高いが福井駅行のバスで移動となった。
越前北線と京福バス(+大野観光)の大野線はほぼ平行する経路なのだが、競争体制ではなく共存体制を取っており、両方を合わせると日に10本近くある路線となる。
 
バスの場合には一乗谷がある足羽川左岸ではなく、右岸を通る。
バス下車後に大回りして橋を渡る必要があり、目的地に到着するまで時間がかかってしまった。
地図アプリでみて素直に橋(天神橋歩道橋)を渡ったのだが、近くにあった水門(足羽川頭首工)の上が歩けるようになっていた。
こちらを歩けば10分近く短縮できたのだが…。
 
ようやく、最初のポイント「福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館」に着いたのは14時50分だった。
一乗谷に行く直前に歴史を把握しておかないと、全く意味がないので立ち寄る必要があった。
博物館の名前にあるように、朝倉氏の城下町であった一乗谷が、滅亡により町に火が放たれ消失した遺跡群ということらしい。
1573年8月17日(ユリウス暦)に消失により失われたという事から、この当時のものが改竄されずに残っている事が重要らしい。
実際に、博物館に展示されているものは焼け跡が残っているものが多かったのが特徴であった。
石敷の本物の遺構が建物内に展示されている。
また、朝倉館原寸大で再現した建物も展示されている。
朝倉館に関しては、豪華絢爛な建物だなとしか感じなかったのだが、後々実際の跡地に行くと敷地の大きさからしても立派なものだったと感じられたのだが、この時点では真新しすぎてこの場所には似合わないとしか思えなかった。
もっと内容を見ていたかったのだが、時間の関係から早足で見終え、実際の一乗谷へ向かって歩いていくことにした。
 
最初は城下町の入口となる「下城戸跡」と呼ばれる桝形の石組みである。
ここは立地的にも昔から遺跡としてこの場所にあったのだろうと思わせる内容であった。
 
この先は、遊歩道を歩いていくと両脇が城下町跡となる空き地が点在してくる。
下城戸跡から、ゆっくりと歩き20分で復原街並に到着した。
この中に入ると、観光パンフレットで紹介されている「セットのような街並」がお出迎えする。
他とは違うのが、建物自体は実際の遺跡の敷地に合わせて建てられている事、また建物の建築様式自体も当時に合わせている事である。
その事もあり、単なるセットのような街並みではなく、個々の建物が異なり本物の街並みのようになっていた。
しかし、道路から奥に入ると建物がある場合と、門構えしかない場所が極端であった。
この場所単体だけの場合には、ガッカリスポットになってしまいかねない。
なお博物館とセットの共通観覧券が売られており、単体の合計から大きく値引きされており、かなりお得である。
このセット券で入場するのならば、ガッカリすることはないと思う。
しかし、この場所自体は長居する程には楽しめず、すぐに後にすることにした。
その際に「朝倉館は行った方が良い」と係員の方からアドバイスを受けたので、帰りのバスの時刻までには時間がある事から立ち寄ることにした。
 
まずは手前にある諏訪館跡庭園から。
上段と下段の2段に分かれている庭園であり、上段から滝のように水が流されている。
石組みだけしか残されていないのだが、これだけでも十分に格がある庭園であることが理解できる。
この庭園が少し前まで石組みの上の方しか地面から露出しておらず、墓跡として理解されてきたらしい。
遺跡であるため、修繕して豪華絢爛の庭園に戻すこともしていない。
このため石組みは苔生してしまっている。
中途半端に復元ならば、このままの方がずっと素晴らしい。
 
次いで朝倉館跡に入る。
第5代当主朝倉義景が住んだ館の跡で、復元された門構えから中に入ると巨大な敷地に土台となった石場しか残されていない。
先程博物館で見た建物がこの場に建っていたらしい。
実際に内庭の花壇の場所も設けられていた。
今も残っていたらと考えれば、豪華絢爛極まりないものだったと思う。
 
少し高台に登ると、湯殿跡庭園がある。
こちらには水が流されておらず、単なる石組みだけである。
さすがに石だけを見て、庭園様式を想像するのは少し厳しい。
 
この後、湧水の瓜割清水、朝倉景鏡館跡とみて歩いているうちに、福井行の最終バスは行ってしまった。
JRの一乗谷駅に行き、20分ほど待った後に列車に乗り、福井駅に戻った。
 
18時も過ぎ本来ならばホテルに戻って一日終了といったところなのだが、朝の恐竜博物館へ行くときに買ったチケットは「えちぜん鉄道一日乗車券」がセットされている。
前日時間不足で浸かれなかった、芦原温泉に再訪することにした。
温泉場(セントピアあわら)に着いたのは19時半頃。
こちらの営業時間は、公共浴場としては非常に珍しい23時終了の長時間営業である。
夜に来ても問題なく温泉場に浸かれる頼もしい場所であった。
なお週替わりで浴槽が変わるようで、今回は「地の湯」であった。
 
この場所で夕食も食べられると期待していたのだが、こちらもGW中の平日という事で休業中。
さすがに朝食後は、カロリーメイトとジュース以外何も食べていない状況はお腹が空きすぎる。
こってりとカロリーが高いものを食べたくなり、調べてみると帰路途中に北陸のチェーン店の「8番らーめん」があるらしい。
福大前西福井駅で下車し、福井県道5号福井加賀線沿いにある店舗で、ようやく昼食兼夕食のラーメンセットを食べることが出来た。
オーダーストップとなる21時半直前に入ったこともあり、私が最後のお客となった。
 
この後、駅には戻らずこの県道をそのまま南下すると、ホテル近くを通過する。
夜風に吹かれながら15分。22時過ぎにようやくホテルに帰ることが出来た。
長い1日がようやく終わった。
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写真: 福井県恐竜博物館(恐竜の世界), 越前大野城, 一乗谷朝倉氏遺跡(朝倉館)
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