日中の目覚めは
私の世界
夜の夢見も
私の世界
熟睡は
悟りではない
私の休息で
私はあっても対象はない
しかし
熟睡では
私は対象がないとしっている
ということができない
私自体を忘れているからだ
朝おきたとき
私はよく寝た
という
それは
私自体も忘れてたぐらい休んでいたということ
しかし
私という信念がなくなったわけではないので
また
私をおもいだして
世界をみだす
では存在意識とはなにか
熟睡で私すらも忘れてるぐらい
休んでいるとき
それを
しっている存在なのかもしれないが
熟睡の休息は
ワンネスの安らかさではないような気がする
つまり
魂としての私が休息してる状態
しかし
そのような熟睡は
と
夜の夢見を
朝おきたあとに識別するのは
ほぼ不可能である
なぜなり
夜の夢見じたいを
朝おきたとき
忘れてるのが通常だから
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