今日は「み(3)み(3)に一番」「み(3)み(3)にいい(1)ひ」(耳に良い日)の語呂合せと、春休み期間中であり親子揃ってイベントに参加しやすいことから、オーケストラの日とされているらしいので、今回はそのオーケストラの一つであるフィラデルフィア管弦楽団をクローズアップしてみます。
フィラデルフィア管弦楽団は初めて尽くしのオーケストラです。
レオポルド・ストコフスキーとユージン・オーマンディ(二人とも“初演魔”とまで呼ばれた)が20世紀の大半を同楽団の音楽監督、常任指揮者として君臨していたこともあって、同楽団によって世界初演、アメリカ初演されたクラシックの曲(現代曲)は数百曲にのぼると見られています。
フィラデルフィア管弦楽団が、世界初演した曲には、例えば、次のような曲があります。
・バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
https://www.youtube.com/watch?v=h62reRFMKZQ
・ラフマニノフ:交響的舞曲
https://www.youtube.com/watch?v=MuAPYF_Dkb8
加えて、ストコフスキーもオーマンディも録音や、メディアに対する興味関心が高かったので、フィラデルフィア管弦楽団は、この方面でも数々の“初”に輝いています。
具体的には、まず、1917年10月に、ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団は、ニュージャージー州キャムデンにあったRCAビクターのスタジオで、ブラームスのハンガリー舞曲第5番、第6番を一日がかりで録音したのですが、そのレコードは、世界最初の交響楽レコードとなりました。
この歴史的録音は、今でもYou Tubeで視聴可能です。
第5番:
https://www.youtube.com/watch?v=wRNrVRs9ni8
第6番:
https://www.youtube.com/watch?v=ZeALxF0ASnI
次に、フィラデルフィア管弦楽団は、全米放送網を通じてラジオ放送した最初のメジャー・オーケストラでもありました。
1929年10月6日にストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団は、フィルコ(会社?)がスポンサーとなっているラジオ・コンサートに出演したのです。
のみならず、フィラデルフィア管弦楽団は、オーマンディの指揮の下テレビ・キャメラの前に立った最初のオーケストラにもなりました。1948年3月20日、CBSから放送された一時間半番組だったということです。
でも、数あるフィラデルフィア管弦楽団の“初”の記録の中でも、今日最も知られているのは映画への出演でしょう。
ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団は、1936年の映画「1937年の大放送」という作品でスクリーン・デビューを果たしており、これは当時の一流のオーケストラとしては、初めての映画への出演となりました。
もっとも、ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団が出演した映画作品としては、翌年の「オーケストラの少女」、あるいは1940年の「ファンタジア」の方がはるかに有名です。後者については、以前こちらの日記で触れましたので(
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1838644681&owner_id=22841595&from=list_diary_title)、今回は(少々余談めきますが)「オーケストラの少女」(というか、その主演者ディアナ・ダービン)について、ちょっと触れておきましょう。
次の動画には、「オーケストラの少女」の冒頭部分と終結部分が出てきますが、終結部分(5:35〜)でオペラ「椿姫」の有名な“乾杯の歌”を歌うディアナ・ダービンの歌唱はなかなかのものです。
https://www.youtube.com/watch?v=UfcFMv8DWAc&t=335s
この人は、ジュディ・ガーランドと共演の短編映画『アメリカーナの少女(Every Sunday)』でデビューしたのですが、その後間もなく、MGMとの契約を解消されています(「オーケストラの少女」はパラマウント作品)。
このハリウッドの伝説とも言うべき出来事についてWikipediaでは次のように書かれています:「スタジオの重役ルイス・B・メイヤーは、若く未完成な女性の歌手が二人も必要だとは思わなかったので「太った方を追い出せ」という指示を出した。部下のアーサー・フリードはダービンのことだと思い彼女をすぐクビにしたのだが、実はメイヤーが追い出すよう指示を出したのはガーランドの方だったというのである(確かに、当時ダービンより、ガーランドの方が少し太っていた)。また、アーサー・フリードはキャスティング・カウチ(セックスをした相手に役や契約を回すこと)で悪名高く、当時13歳のジュディ・ガーランドとも性的関係をもっていたことも理由として挙げられる。」
その後、MGMに残ったジュディ・ガーランドがシャブ漬け状態にされ、精神的にかなり不安定な悲惨な生涯を送ったことを考えると、ここでMGMとの契約を解消されたことはむしろダービンにとって幸福なことだったのかもしれません。
今日、ダービンはほとんど「オーケストラの少女」一作によってしか知られていません。でも、現役時代の彼女の人気はジュディ・ガーランドを凌ぐものがあったようで、実際、「アンネの日記」 のアンネ・フランクが彼女のファンで、隠れ部屋の壁にはダービンの写真が貼られていました(今でも、同所には、その写真が貼られている)。
また、面白い?ところでは、あの田中角栄も彼女のファンで、軍に入隊している時にポケットにダービンの写真を入れているのを上官に見つかり、死ぬほど殴られた、とのエピソードを残しています。
その愛らしさが、世界中の人々を魅了していた女優さんだったことは確かでしょう。
作品そのものも古き佳き時代を絵にしたような名作であり、共演できたストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団も、いい時間を過ごせたように感じます。
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