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2026年03月11日07:22

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源氏物語とアーサー王伝説の登場人物の実存比較

源氏物語を全部読んでる気になっているのは、世の多くの人がそうであるように大和和紀「あさきゆめみし」のおかげです。
昨日は、源氏、紫ちゃん(紫の上:「伏籠の鳥をいぬきが逃がしつる」の幼児イメージ強し)、女三の宮、柏木と、三者しかいないがアーサー王伝説のアーサー王、グィネヴィア王妃、ランスロットとの比較を考えていた。

源氏物語で、悲しみを背負った女のベスト2は(六条御息所は別格)
紫ちゃん:女三の宮降嫁の後の。出家したい、でも源氏への愛を捨てられない。自覚の悲しみ
女三の宮:守られすぎて、自分の選択ではなく流されるだけ。実存が空虚。無自覚の悲しみ(読者から見て)

グィネヴィア王妃はどちらの悲しみか?彼女は自覚的に王妃になった(政略の一つの駒として)、そして自覚的にランスロットを愛した。その事が露見したら、王国に分裂が生じることも十分知っていた。つまり強い実存。
ただ、紫ちゃんとは大きな違い、紫の上は源氏しか愛していない。グィネヴィアはアーサーを愛していないとはいえない、ランスロットに後に傾いたとはいえ。

私の男性目線で柏木とランスロットを比較する。
ランスロットは、とことん決断する。アーサー王を裏切っても、王国が分断されても、朋輩の円卓の騎士から恨まれても、戦になっても。自分の決断とその結果を受け止める。
柏木は弱すぎる、これは女三の宮と同じく、弱すぎる実存。自らの決断(女三の宮との逢瀬)に責任をもつ腹を括る覚悟が足らない。
罪を自覚するのは良いが、それを背負ったまま強く生きて、源氏の息子の夕霧と並び立つ、政界の二巨頭になってほしかった。そして、密かに自分の血を引く薫を引き立てる。これが出来たら宇治十帖の雰囲気も全然違ったはず。

アーサー王は裏切られた二人の愛に同情的だったかも知れない。だが自分の王としての立場が二人を許さない。
源氏はこの不倫と、自分の過去の不倫(藤壺との間に子を成した)の因果応報を感じたかも知れない。女三の宮の出家を赦し、薫を自分の子として育てる事にしたのも。
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