太田愛 待望の短編集「最初の星は最後の家のようだ」が刊行。長編大作が多い太田さんの小説はとっつきにくいと言われることがありますが、読み始めてハマり込んだら、それはもうシドニィ・シェルダンの比ではないのです。今回の短編集はサクッと読み切れるので、太田愛導入編としては最適。過去に文芸誌や小説すばる、Jミステリー集などで発表された短編小説が全て収録されています。「十月の子供たち」「サイレン」「夏を刈る」「鯉」の4作品に加え書き下ろし新作「給水塔」の全5作品+エッセイ1本。
まずはこの美しい表紙カバーに魅せられます。写真家・清水裕貴氏による不可思議な味わい。題名の『最初の星は最後の家のようだ』はドイツの詩人ライナー・マリア・リルケによる一節を和訳したもの。各作品の表題に短編集全体をひとつの家に見立てた章題が付いていたり、挿絵にも清水裕貴氏の作品が差し込まれるなど、細部に個性的な気配りが感じられます。
自分は「鯉」がお気に入りで、亡くなった叔母をきっかけに少女時代の記憶が呼び戻されていく不思議な感覚、ミステリーとも異なる朧気な幻惑のような展開が惹かれます。万人受けでイチオシなのは「夏を刈る」で、富裕一族に女中として雇われた主人公が、その屋敷内で関わっていく話なのですが、最後に驚きの事実が明らかになるという物語。そして何度読み返しても理解できなかったの「サイレン」。もうどうにも解らなくて太田さん本人に直接タネ明かしのヒントを聞くという掟破りの手段を使うも、それでも解かず・・・先日ようやくその謎が解明されました。
書き下ろしとなる「給水塔」は、自分の少年時代にとてもよく似た体験記憶があったことを思い起こさせます。小学生当時は荻窪に住んでいて、古いマンションの屋上に給水タンクがありました。屋上の柵を乗り越えてタンクの外側スレスレの壁伝いを歩き、4階建ての屋上柵外を通過するという度胸試し。いま考えると一歩踏み外せば確実に転落死・・・子供って何故かそういうことをしたがる。何を求めていたのか自らの行動に説明が付かない。あの時は「やらねばならない」みたいな義務感があって、その答えがこの小説では「永遠に動かない時間へ通じる門」という言葉で説明してくれています。原体験を思い出す望郷の一遍です。
https://www.amazon.co.jp/dp/4334106757?tag=booklogjp-item-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1
ログインしてコメントを確認・投稿する