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2025年06月15日00:00

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映画『片思い世界』

『片思い世界』(日本)
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鑑賞後に感じるのは高揚と同時に、誰かと物議を醸したくなるような気持ちが強くなる問題作。なにか少し騙されているような脳内に残る異物感が綯交ぜな残像となる。
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まずこの映画は非常に重要な基本設定部分を、鑑賞前ネタバレ禁止対象として伏せている。従ってこの日記は感想を書くために100%のネタバレが前提となる。すぐに思い起こすのは『シックス・センス』(1999年)、もしくは上映開始早々にネタバレ設定が明らかになる『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)、『メメント』(2007年)あたりが思い浮かぶ。予告編で想定できない要素という意味では『君の名は。』(2016年)もその類かもしれない。世界感の前提背景にネタバレが在るというのは、それだけで気持ちの高揚感を煽られるため、物語に没頭する確率が高くなる常套的な洗脳手法。最近では『機動戦士Gundam GquuuuuuX -Beginning-』を事例にすれば判りやすいかもしれない。
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以下、ネタバレ。古い一軒家に3人で共同生活をしている美咲(広瀬すず)優花(杉咲花)さくら(清原果耶)は、仕事や学校に通う平凡な生活をしているが、その様子を淡々と描き続ける序盤20分には、数々の違和感が散りばめられている。それは3人以外と他人のコミュニケーションが一切とれていないこと。実は彼女たちは12年前に死んでいる幽霊で、亡くなった3人の子供達が同じ世界で生活を続けながら成長している姿だった。だが人々から彼女達は見えず接触することもない。ただし彼女たちが手にしたものは、そこに存在が残ったまま彼女たちの空間にも存在する。このややこしい設定はコンサート開演中に躊躇なく舞台に上がって歌いだす3人のシーンで明確になるのだが、勘が鋭ければそれよりも前の描写で気付く場合が多いだろう。
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開始早々に打ち明けられた本作最大の独自性によって、作品タイトルの“片思い”の意味合いと“世界”という単語の解釈が観客側で一変し、恋愛映画かシスターフッド映画を観にきたつもりの鑑賞姿勢に忽然と異変をもたらされる。既に死んでいるところから始まる恋愛劇をどう想像すればよいのかと同時に、現実と非現実がどのように線が引かれた世界なのか等々、様々な疑問が沸くところなのだが、ストーリーの流れが牧歌的なのと、彼女たちの心情を理解する方向に意識が注がれるので、ツッコミ所に呆れて作品を見放す気持ちにはならない。ここが本作が傑作たる重要ポイントだと思うのだが、物理的制約や時間概念が、死んだ後の世界と生きている現実でシンクロしているという設定を、有無を言わせず自然と呑み込ませてしまう力業の巧さが、違和感や矛盾点を指摘する意識を持たせない。
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3人“だけ”を見ていれば、温もりを持った普通の人間としてそこにいる姿が自然とあり、買い物をして食事をしてテレビを観る日常、それが大切な生きがい(?!)に思えてくる演出力。言い換えれば彼女たちは必死に生きているフリをしている訳で、昔ながらの幽霊であれば“成仏できない生き霊”が地上界に居残っているのと同じこと。それでも普通を求めて生死と記憶と存在の意味を模索する掘り下げが綴られていく展開は、もどかしいながらも真摯に向き合う気持ちが拭えない。
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人に触れることができず自分たちの存在自体が認められない=見えていないというネガティヴ状況によって、人々の本性が見えてしまう一知半解に戸惑う彼女たち。そして会いたい人に会っても気持ちが通うことが無いという絶望感に苛まれる諦めと悲しみを、3人の役者が繊細に演じてることで共感を維持する。知名度と実力を合わせ持つ広瀬すず, 杉咲花, 清原果耶でなければ成立し難い作品だったかもしれない。
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美咲の典真(横浜流星)への思い、優花が知りたい母(西田尚美)の心情、そこに比して異質なさくらの願望が重なり合いながらの進行。彼女達が命を落としたのは、小学校に乱入した青年による通り魔的な無差別殺人が原因で、その経緯からも無念の残留怨念が作り上げた3人の存在のように思えてくる。そこの決着を狙ってなのか、後半で更生した元・殺人犯(伊島空)と優花の母が絡む怨念劇がある。ここが問題に思えるのは、未成年犯罪者が刑期を終えて社会復帰している部分に偏見的印象を与える展開が待っているからだ。西田演じる優花の母の行動原理も消化ができない。優花への普遍的な母の思いを伝える表現方法が、12年間の憎しみにピリオドを打つという行為に至る説得力がない。守るべき家族を持っている描写もあるので彼女が暴走する辻褄が合わないのだ。ハンカチに包んでいた三日月クッキーだけで十分ではなかったか。
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どうもこの辺りから本作は取って付けたような展開で失速ぎみに感じ、幽霊=素粒子という量子物理学的概念から始まるスーパーカミオカンデと灯台でのジャンプ展開、それを誘発する謎のラジオパーソナリティ(松田龍平)に至っては、蛇足感が残るほど盛上りに不足している。幽霊なのだからあそこで飛べばよかったのに。
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奇抜な設定におぼれた感が否めない中盤の雰囲気は、クライマックスで再び盛り返しを魅せるのも本作の見所。いくつか描かれてきた片思い話と呼称できる展開で、幽霊の美咲から典真へ向けての片思いではなく、美咲を失ってしまった後悔から12年間も脱せられない典真の美咲へ向けての片思いこそが、本作のタイトルロールのメインなのだと断言したい。言葉や気持ちを交わすことができない死んでいる美咲と生きている典真が、作品冒頭にあった生前の美咲が書いた演劇シナリオ「アグリッピナ王妃の物語」を朗読するという、絶妙な小道具によってふたりを共鳴させるのだ。まるで典真もそこに美咲がいるのを感じているかのようなに見えるのが心を打つ。
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劇中の合唱曲「声は風」をエンドロールに使用しているのも素晴らしい。このラストシークエンスによるクロージングは本当に感動するのだが、冷静に俯瞰して振り返ると、結局のところ最初から最後まで、3人が生きた人間と交わることは一切ないままで終わっている。幽霊が主人公の非現実的な映画にも関わらず、冒頭の設定以上の奇跡やサプライズは何も起きないのだ。美咲と優花とさくらは、これからも全てのことに片思いな日々が続くという残酷な結末。前半で何度もあった3人と人々のディスコミュニケーションを気持ちだけ補完するかのように、ストリートミュージシャンで登場するmoonridersがとあるリアクションをして奇妙な余韻を残す。

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