『エミリア・ペレス』(フランス)
スリランカ反政府ゲリラ兵士が偽装家族を伴う葛藤を描いて、2015年のカンヌ映画祭パルムドールを受賞した『ディーパンの闘い』が強烈で、その鬼才ぶりを記憶するジャック・オーディアール監督による新作。アカデミー賞では主演俳優のSNS差別発言によって賞レースから転げ落ちたが、それでも13ノミネート2部門を受賞。特に助演女優賞のゾーイ・サルダナは大納得。この作品の昇華は役者の演技に依存する部分が大きい。
事前情報なしで観たので、まずはまさかのミュージカル映画だったことに驚く。だいぶ控えめなので、直前に観た『ウィキッド ふたりの魔女』のド直球ミュージカルとは異なり、アナーキーな音楽とリズムが独特のカオスワールドを演出。冒頭の街並みを歩きながら心情を歌いだすゾーイ・サルダナはニヒルで、中盤の支援者パーティーでテーブル間を縫うようにステップを踏む場面は高揚感に溢れる。更には最後の抗争に向けた準備で、機銃やライフルを組み立てる音がリズミカルに変化していく場面も印象的。
勘違いしたのはゾーイ・カルダナはアカデミー賞で助演女優賞であったこと。本作の主演はカルラ・ソフィア・ガスコンだったという違和感。もちろん彼女が歌うシーンもいくつもあるのだが、鑑賞後にインパクトが残るのは圧倒的にゾーイ・サルダナ。人種差別発言が原因で賞レースから外れたカルラ・ソフィア・ガスコンだが、それがなくても受賞は難しかったのではと感じる。
メキシコ麻薬カルテルの絶大なボス格に降臨するマニタス(カルラ・ソフィア・ガスコ
ン)は、幼少時から感じていた心身の性不一致を克服できず、性別適合手術で人生をやり直すことを渇望する。その手配を大金と引き換えに極秘に実行していた弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)の前に、4年後に姿を見せた女性エミリアこそが、男性肉体から解放されたマニタスの生まれ変わった姿だった。エミリアはリタに実の子供達ふたりと一緒に暮らしたいと、自分が父親であることを隠してメキシコに連れ戻す手配を依頼する。スイスに亡命していたマニタスの妻ジェシー(セレーナ・ゴメス)とふたりの子供は、メキシコに帰国して叔母を名乗るエミリアとの同居生活を始める。
『型破りな教室』でメキシコ国境地域のリアルを勉強したばかりだったので、今作のメキシコギャング事情はやや旧態依然とした描き方が否めない。だがそれよりも違和感があったのはマニタス=エミリアのトランスジェンダーの苦悩と、麻薬カルテルから足を洗うための身分偽装が同じテーブルで語られているところにある。メキシコは肉体に手を加えずとも法的な性別変更手続きが可能な国で、マニタスが妻や子供にすら死んだと偽って性別適合手術を行う理由が見えてこない。組織や世間を偽るのはともかく、愛する子供を手放すことの説得力がないため、その後の展開がどうにも脳内に入ってこない。逆に言えばそこまでしてケジメを付けて決別した家族関係に何故また干渉するのか。終盤の悲劇の引き金は一見ジェシーのように見えるが、実は明らかにエミリアがトリガなのだ。
もしかするとこのリアリティに欠けるストーリーを、敢えて描くがための手段がミュージカル演出なのか?という解釈にも辿り着く。楽曲の印象が良い意味で薄く、喋る言葉にそのまま音符を翳したようなナチュラルな歌唱が「これはリアルな物語では無いですよ♪」と唱える証なのかも知れない。エミリアがNPОを立上げて世間に目立つような慈善活動を行うのにも引っ掛かりがあるし、それがカルテル幹部時代の罪滅ぼしなのであれば、それすらかつての強欲さの延長にしか感じられない。結局はマニタス時代の暴力性が表現を変えて出ているだけで、歌で綴る心情の露呈も本音として聞こえてはこない。
彼女の末路は自業自得と言いきってしまうには語弊があるだろうか・・・物語序盤にマニタスの性別適合手術を引き受けた医師ワッセルマン(マーク・イバニール)が、リタに言った「体を変えても心は変わらない」がここにきて思い知らされる。恐らくその言葉の意味をリタが理解したのは、エミリアとジェシーの顛末を見届けてからだろう。それまで彼女はエミリアを、肉体だけでなく心も変わったビジネスパートナーと信じていた。だからこそリタの歌だけが真っ直ぐな目線と軽やかなステップのみが記憶に残り、エミリアの哀れに目を背けているのかもしれない。
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