『ホワイトバード はじまりのワンダー』(アメリカ)
先天性疾患の少年・オギーを描いた2018年公開『ワンダー 君は太陽』の続編という触れ込みだが物語は完全に独立している。監督も異なり作品の空気感も違うので、前作の鑑賞有無を気にする必要はほぼない。冒頭に登場するのは前作でオギーをいじめていたジュリアン(ブライス・ガイザー)で、彼が今回の主人公かと思わせるプロローグ。ジュリアンは憎まれ役として前作で描かれていたが、原作小説「ワンダー」のスピンオフ書籍「もうひとつのワンダー」では彼の視点による語りがある。
オギーをいじめたことでジュリアンは学校を退学となり他校に編入していたが、新しい教室で彼は無気力で周囲との関わりを持とうとしない。人と距離を取って関わらない生き方を選び、自らの殻に籠もってしまった孫を心配した祖母サラ(ヘレン・ミレン)は、ホロコースト時代に少女だった自身の過去をジュリアンに語り始める。
いじめた側にも救済を差し伸べるために作られたという本作は、ここからほぼ全編が少女時代サラの回想シーンとなる。時代はナチス占領下にある1942年のフランス。10歳のユダヤ人少女サラ(アリエラ・グレイザー)は、両親に愛されて不自由のない暮らしをしていた。だがナチスによるユダヤ人への迫害は日増しに露骨化し、仲の良かったはずの同級生や近所の知り合いからも差別を受ける仕打ちは、現代の日本人にも通じる多数派の差別行為が垣間見えて痛々しい。
ついにはサラの通う学校にナチス兵が乗り込みユダヤ人生徒の連行を強行しようとする。先生達の協力もあり兵士の追跡から逃れたサラだが、自宅には既にナチス兵が踏み込んでいて両親の行方もわからない。追い詰められた彼女に手を差し伸べたのは、足に麻痺(ポリオ)の障害がある同級生ジュリアン(オーランド・シュワート)。同じクラスながら名前も覚えていない少年に助けられ、彼の自宅近くにある納屋に隠れ籠ることにしたサラは、そこで息を潜めて暮らすことになる。その場所は周囲に狼の縄張りがあり、常に群れがうろつく危険な区域。だがそれだけに隠れ家としては絶好の場所だった。
理解あるジュリアンの両親の協力もあり、サラはそこでひっそりと生きながらえる。毎日食事を持って納屋に通うジュリアンによって、サラの怯えながらの生活に少しずつ笑顔が戻っていく。納屋には半壊した自動車が放置されており、ふたりはその運転席と助手席に座って空想のパリ旅行に出発する。心から打ち解けて想像の旅を楽しむサラとジュリアンには、暗くて埃だらけの納屋が夢の空間に変化していく。
ナチスによるユダヤ人迫害の歴史は幾度となく映画体験してきた。非人道的という程度の言葉では済まされない鬼畜の虐殺を描く作品も少なくない。対してこの作品がフォーカスするのは、人が人を平気で殺す暗黒時代に、人類の希望は気持ちが通い合う感情から生まれるのだという淡いながらも明確な主張。納屋という閉塞空間で繰り広げられるふたりの世界を、主にサラ側の視点で描いているところが演出の妙になっている。
ジュリアンは自身が学校でいじめられていた内向的な少年。ナチス支配下でユダヤ人を匿う行為は、自分のみならず家族をも危険に晒すことになる命に係わる行動。ましてや助けたサラは自分の名前も覚えていないし、彼自身がいじめられていた時も見て見ぬふりをしていたクラスメート。少年時代特有の純粋な恋心をサラに持っていたのは一目瞭然だとしても、時代がそれを許さないことは理解できるはずの年齢。その行動は「親切には勇気が伴う」ことを限界に近い境遇で描く。
その最たるはジュリアンが尾行されて納屋が同級生にバレる場面で、心配して屋根裏から降りてきたサラを見たジュリアンが激怒するところ。命を懸けて守ってきたことが無駄になってしまう事態には絶対にさせられない。暴力では勝てないし、両親まで危険に晒して守っているのにどうしてここに出てくるんだと言わんばかりの絶叫は迫真。宣伝キャプションにある「勇気あるやさしさは、人々を変えることができる」という言葉が更に深く重い意味であったことを思い知らされる。
誕生日で1年ぶりに納屋の外に出たサラに、満天の星空をバックに告白するジュリアンに心を洗われ、クライマックスは記載を避けるがヘレン・ミレン演じる現代のサラが過去を語る理由を思い出させる。孫のジュリアンが「人をいじめないし、優しくもしない」と吐き捨てたことに対して、最愛の恩人の名前を継いだ孫に失望した人生を歩ませたくない。自分のプライドや保身を優先する大人にはなって欲しくないという祖母の気持ち。それがどのように孫のジュリアンに伝わったのかは、ラストの演説「Vive L'Humanite」に込められており、自分のこれまでの人生に照合した時に、胸を張れるかを問われた思いになる。
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