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2025年02月13日00:00

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映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(アメリカ)
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近未来内戦末期のアメリカ合衆国は連邦政府から19州が離脱。テキサス州とカリフォルニア州同盟が西部勢力を名乗り、就任3期目となる独裁権威主義の大統領暗殺を狙う。若きカメラマンのジェシー(ケイリー・スピーニー)は、ベテランのリー(キルスティン・ダンスト)に帯同することを許され戦火に挑む。ゲリラ戦が展開するニューヨークからワシントンD.C.へ反政府軍を追い最前線を取材するジャーナリスト達。
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ドキュメンタリー的な演出を凝らしながらロードムービーが展開する戦場描写はまさにスリラーミリタリー映画。経緯や背景を説明することはほぼ無いままに、音と映像だけが語りべというシチュエーションで臨場感に焦点を絞った手法の徹底。中心となるべきは大統領単独インタビューの実現を目指すリーなのだが、道中はどう見てもジェシーを演じるケイリー・スピーニーの個性がずば抜けている。まだ記憶に新しい『エイリアン ロムルス』でも存在感を示した彼女が、今作では恐怖感が麻痺する戦場特有の狂気へ導かれる終盤が脳裏に焼き付く。ジャーナリスト達の命綱はプレスパスであり、殺戮と暴力が蔓延る混沌状態の戦場でも、このパスカードを付けていれば少なくとも標的にはならない。だが命が保証されている訳でないのは一目瞭然で、現場に乗り込む姿は正気の沙汰とは思えないのが本音。戦場が日常であるこの世界では有無を言わさずの危険が続く。
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衝撃的な射殺シーンから畳掛けるように雪崩ていく歩兵戦は、死に直面する臨場感に加えて精神を掻き乱す動的要素も仕込まれ、その場から本気で逃げたくなる没入感に囚われる。そうなる感覚の背景にはリーもジェシーも我々と同じく、傍観者側の立場だという共有意識が潜在的にあることが大きい。敵も味方もなければ誰かを救うでもない、記録することが目的というジャーナリスト視点が我々側に刺さる。
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本作最大の問題シーンは近作『憐みの3章』や『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の司法捜査官役が印象的なジェシー・プレモンス演じる正体不明の兵士。彼とキルスティン・ダンストは実夫婦で、本来の配役が降板したことにより妻が夫の出演をオファーし、驚愕の恐怖場面は夫婦共演となった。「中国人か」と発すると同時に引き鉄を弾く男(ジェシー・プレモンス)は、人種や宗教に拘る観念形態だけで相手の生死をジャッジメントする。この体験がトリガとなって勇猛果敢だったリーは無気力な抜け殻に変貌。逆にジェシーは死から免れない状況から生還したことで芽生える、生きる躍動感を体現する心境に辿り着く。
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ここで連想したのは『野獣死すべし』(1980年日本)の伊達邦彦(松田優作)。戦場カメラマンになって生死の概念が狂い、日本に戻って殺人を繰り返す男の末路が、ジェシーのトランス状態と被るのだ。事件後に車中で嘔吐し、自分をここまで連れてきてくれたサミー(スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン)が死んでいるにも関わらず、リーと湖畔で穏やかに会話をしている彼女の精神状態は既に正常ではない。戦場という特殊な極限状態で、一線を越えた先に辿り着く自発的行動意識の乏しさに囚われた状態。伊達邦彦は人と普通に会話もするし恋人(小林麻美)と会ったりもするが、戦場での死線を渇望すると同時に変貌し、その彼女をも殺してしまう。これは例えると性的興奮と似ていて、ムラムラ来ると抑えきれなくなり理性を失うのと類似に感じるといえば伝わるだろうか。
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クライマックスでワシントンD.C.に突入していくジェシーは、自分の死を棚に上げて兵士よりも前に出ていこうとする。大統領殺戮の瞬間を写真に納めることにエクスタシーを求める精神状態は、死体の山に埋もれかけた時の忌まわしき死線が興奮に置き換わっている。その果てにはリーが死んだことにすら気付かずにシャターを押しているような、感情や哀愁を断ち切り踏みにじった姿に戦慄する。
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この映画に欠けるのは、精神変化の過程描写が乏しく、鑑賞側の解釈が幅広くなるところが評価を二分にしている。ラストカットを見て痛感したのは心理変化を確信的に排除し、作品側から寄り添うことを拒絶していること。期待していたのは戦闘終結後、我に返ったジェシーが心境を露呈する描写だったのだが、本作はそれを見せないことで異端の作品度を増している。戦争が終わってジェシーが平和な生活を始めた時、果たして殺戮に枯渇した伊達邦彦になりかねないことを妄想しながらエンドロールを観ることになる。大統領暗殺を実行して死体前で記念写真を撮る兵士たちを混沌の象徴とするのは簡単だが、リーやジェシーの本来の目的「伝えることの価値」を再認識するために2度目を鑑賞した。
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かつて『エクス・マキナ』(2016年)で脳裏に刻まれるインパクトを残して名前を覚えたアレックス・ガーランド監督は、そのスキルを進化させ今回も鮮烈なビジュアルに加え得体の知れない不快感を残すことで鑑賞側の心理を抉ってきた。同監督には更にもう1本『MEN 同じ顔の男たち』という格段に異彩を放つ作品がある。

以下次回へつづく

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